「フーン。そうなんだ」自分から話をふったくせにまったく興味がなさそうな相槌をうつと弟は「どうでもいいけど、いつもそうだよね。前の仕事の話ならするのに、今なにをしてるのかは、おしえてくれない」
弟が不服そうにそんなことをいうのが、俺にはよくわからなくて、むかしの女の話ならしてもいいけど、今の恋人のことはちょっといいづらい、というのと似てるんじゃないのかな、とおもいつつも、俺は彼女がいたことないのでわかりません。
「なつかしいね、これ。まだつかってるんだ」
ジャスミン茶のコップに手をのばしかけた弟のやつが、またおなじことをいうのは、もしかして俺がコップを勝手にもってきたのが気にいらないということなのかな、弟なりのせいいっぱいの抵抗表現のつもりなのかな、とおもいつつ俺はいいました。
「おまえそれ、さっきもいったぞ。しつこいな」
「<それ>って? 仕事のこと?」
「じゃなくてさ、コップのこと。<なつかしいね>って、さっきもいって、またいった」
「<さっきも>? さっきっていつさ。いってないとおもうけど?」
この続きは、「文學界」8月号に全文掲載されています。
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