「びっくりしたかい?」ゴミ回収用のカートに道具を積み込みながら、羽生田さんが私の顔を見た。
何を尋ねられているのか真意が不明だったので、私は黙していた。
「半年くらい前になるかな、この現場でも針刺し事故があってね。朝礼にいたパンチパーマみたいな髪型の婆さん、あの人がやっちまってさ。今でも毎月、血液検査受けてるよ。それでも食ってくためには、仕事を辞めるわけにはいかない。年金もらってても、これが現実」
「感染症は、大丈夫だったんですか?」
「今のところ平気みたいだな。あのばばあ、人生に残されたイベントが死ぬことくらいなくせして、命の危険より金欠の危険の方が怖いって笑ってるよ。正直で、実によろしい」
そう言って嘲笑する羽生田さんの息は酒臭かった。
準備が整うと、病院の見取り図と照らし合わせながらゴミの回収に出発した。地下二階、地上七階建ての院内が簡略化した図面で描かれていて、そこここに赤い印が付いている。午前中に、回収する場所である。
まずは、二階にある外来診察室のゴミから取り掛かった。内科、外科、眼科、耳鼻咽喉科、小児科、産婦人科などから前日に出た医療廃棄物が、四種類の回収ボックスの中に納まっていた。大小あるプラスチック製の中には、使用済みの注射針や血液が付着した危険度の高い廃棄物。同じく大小の段ボール製の中には、それ以外の廃棄物が捨てられている。厳重に蓋をし、新たなボックスを設置するだけの作業だった。
こちらもおすすめ
-
キャッシュとディッシュ
2020.07.14特集 -
対談 円城塔×小川哲 いまディザスター小説を読む<特集 “危機”下の対話>
-
ジョン・フォード論 第一章-III-2 雨と鏡
2020.08.04特集
プレゼント
-
『赤毛のアン論』松本侑子・著
ただいまこちらの本をプレゼントしております。奮ってご応募ください。
応募期間 2024/11/20~2024/11/28 賞品 『赤毛のアン論』松本侑子・著 5名様 ※プレゼントの応募には、本の話メールマガジンの登録が必要です。