私の前職は弁当の配達員だった。オフィスや老人ホームなどに出来合い弁当を配達していた。それに比べれば、なんたる楽勝業務かとほくそ笑んだ。弁当が詰まった重いコンテナを抱えて階段を上り下りする必要はないし、配達車を路上に停めるたびに駐車監視員を気にしたり、罰則金に怯える必要もない。時給は前職より五十円高い。
私は羽生田さんの作業を真似ながら、初めての回収に着手した。すると、背後を歩いていた中年の女性看護師に「どいて」と注意を受けた。冷淡で、威圧するかのような口調だった。
直ぐにかがんだ姿勢から立ち上がった。とはいえ、わざわざ立ち上がらなくとも人ひとりが充分に通過できるスペースは空いていた。そんな私の心情を察したのか、羽生田さんが小さく首を振りながら諭すような視線をよこした。
回収を終え、診察室から出ると羽生田さんが口を開いた。彼の説明では看護師だけではなく、病院職員のほとんどが極めて冷淡な態度なのだという。こちらから挨拶しても無視されるのは当たり前、軽くでも会釈してくれる人物は神様に思えるという。
この続きは、「文學界」8月号に全文掲載されています。
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