書評

村上春樹『猫を棄てる』みんなの感想文(11)私は父に“おはよう”すら言えない

文: SAKO ASAMI

村上春樹『猫を棄てる』感想文コンテスト

その後、時は流れて大学生のときのことです。わたしの実家は愛知県ですが、京都の大学に進学しました。上に記したように、小学生の頃から家族というものに居心地の悪さを感じるようになっていたからです。それは父のこともあるし、アトピーがひどかったので基本的に迷惑をかけているという自責の念もあったし、中学生くらいからは兄ともどう付き合えばいいか分からなくなり、高校になると勉強や部活や進路のことで母とも喧嘩が絶えなくなっていたからです。だからずっと家から出て自立したいと考えていて、どうせ家を出るなら県外に、日本史が好きだったので多くの史跡が残る京都へ行こうと思いました。わたしがそう親に伝えると、「あなたが決めたことなら」と、快く送り出してくれました。私立の女子大だったのでお金がかかって苦労をかけただろうと、今になっては思いますが、当時のわたしはそれほど感謝していなかったような気がします。

父のことが嫌いになったエピソードの2つ目が、大学2年生のときのことでした。当時のわたしは、高校のときに一瞬だけ付き合っていた人とひょんなことから再会し、また付き合い始めていました。遠距離恋愛でしたがほとんど相手が京都まで来てくれていたので、わたしの一人暮らしのアパートでおうちデートを楽しんだり、観光地巡りをしたりしていました。

高妍(村上春樹『猫を棄てる 父親について語るとき』より)

クリスマスの時期だったかと思いますが、ディズニーランドで遊んだ帰り、お互いにそのまま実家に帰ろうかという話になり、わたしはディズニーに行くことを親に話していなかったので急遽帰省すると連絡を入れました。「急だったね~ どこか出かけてたの?」と母に聞かれ、そのとき初めて彼氏がいること、その人と昨日までディズニーに行っていたことを話しました。すると横にいた父が低い声で「いつからだ」「そいつが京都に来る時はアパートに泊めてやってるのか」と聞いてきました。「当たり前じゃん」というと、「だめだ! 金ならやるから、これからはそいつはホテルに泊めさせろ」と言ったのです。

彼のこと、なにも知らないくせに! と思いました。会ったことも話したこともない、だけどわたしが選んだ大切な人のことを、よくもそいつ呼ばわりしたな、汚らわしいものみたいに扱ってくれたなと、怒りが大爆発しました。これからも父に正直に話せば、楽しい思い出や幸せなことをこうやってねじ曲げられてしまうと思ったのです。だからもう、今日あったこと大事なこと、なにも話さないと心に誓いました。こんなありがちな親子の喧嘩も、わたしには大事件のように思えてなりませんでした。お父さんも娘に彼氏がいることがショックだったに違いないのですが(喜んでくれよ……)、父の立場にたって考える気持ちの余裕はなく、それ以来、実家に戻って就職してからも、「おはよう」すら言えなくなりました。わたしも心が弱かったのです。

長くなってしまいましたが、これが私と父の話で、この父(家族)との関係はわたしのトラウマであり、実家を離れた今でも心のどこかにあり(実家にいるときよりは気持ちは落ち着くのですが)、死ぬまで引きずっていくんだと思います。仲良くなって過去のことはキレイさっぱり忘れたいと思ったことは何度もあるけれど、そんなことは不可能でした。嫌な夢もよく見ました。

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猫を棄てる村上春樹

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