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ミックス・テープ 新連載 第1回 タレントDJ<特別全文公開>

ミックス・テープ 新連載 第1回 タレントDJ<特別全文公開>

文:DJ松永

文學界7月号

出典 : #文學界

「文學界 7月号」(文藝春秋 編)

 以前、地元のクラブに某有名女性芸能人がゲストDJとして出演するパーティーがあった時は、普段クラブや音楽に全く興味を示さない友人達も、こぞって足を運んでいた。どうやら、腕の良い箱付きのDJ達のみで回すレギュラーイベントよりも、遥かに多くの集客をしていたらしい。ゲストDJであるはずの彼女はDJが全く出来ないようで、当日のプレイは別の機材から1時間弱のミックスを流し、何も音が鳴らないDJ機材を前に延々と当てぶりをし続けていたらしいが、友人達は皆口々に「可愛かった」「エロかった」と言って、満足そうにしていた。

 それらの事を考えると、タレントDJ達に活躍の場があるのは理解出来る。理解は出来るが、やっぱり許せない。何度考えても許せない。

 DJだけに誠実に向き合って、日々鍛錬を続けて、やっと人前でDJが出来る機会が与えられる。それでも任されるのは全くお客さんのいないオープンの一番手だったり、ノーギャラは良い方で、厳しい場所に行けばチケットノルマだってある。メインの時間帯を任されるようになるのも、ギャラを貰えるようになるのも、ゲストDJとして全国を回れるようになるのも、DJに向き合い続けて極めることの出来た、一部の人達のみが到達出来る次元だと思っていた。それが一体どうしたんだ。おかしい。あいつらは、DJにどれだけ誠実に向き合い続けたんだろうか。どれだけの日々を鍛錬に注ぎ込んだのだろうか。開場したてで共演者やスタッフしかいないガラガラのフロアで、何回プレイしたんだろうか。幾らぐらい赤字を被ってきたんだろうか。あいつらは、こういうことが全てないんだ。例外無く当てはまるとは言わないが、ほとんどの連中がこういった下積みの期間を、既に名の知られたタレントであることによって免除されてるんだ。俺はこいつらを見てどう思えばいいんだよ。DJになりたくて高校を辞めて、ひたすら打ち込み続けて、技術を磨いて、俺にはこれしかないんだって自分に思い込ませながら人生を狭めていって、それでも尚、満足出来るほど日の目を見られない俺は、どう思えばいいんだよ。

 そもそも、あいつらはどの面下げて俺みたいにDJだけで積み上げてきた人間達と一緒にイベントに出られるんだろう。恥ずかしくないのだろうか。自分が誰よりも下手で、誰よりも卑怯で、誰よりも軽薄で、誰よりも浅ましいことを、ちゃんと自覚してるんだろうか。いや、多分してない。というか、出来ない。こんな当たり前で簡単なことに気づけないくらい想像力がなくて、鈍感で、無神経でないと、沢山のお客さんの前で堂々と恥ずかしい当てぶりし続けて、多額のギャランティをもらって、笑顔で生きていくことなんて不可能だ。俺だったら、そんなお金で食べた飯は不味いし、そんなお金で借りてる家は住み心地も悪いし、そんなお金で買ったベッドで快眠なんて出来るわけない。もしあいつらに飯でも奢ってもらっている人達がいたとしたら、自分が汚れたお金で腹を満たしているという事実に気付くことが出来ないのが、不憫で仕方がない。

 全く楽譜も読めないし楽器も弾けない俺がここまで音楽にのめりこめたのは、DJの音楽的敷居が低かったからであることは間違いないのだけれど、それが仇となり、あいつらがお手軽に収入を得たり、お手軽に華やかな舞台で脚光を浴びるための美味しい副業になってしまっているのが、心底悔しい。

 そうやってタレントDJ達へ不満が募ると同時に、それを良しとしているであろう周りの環境にもフラストレーションが溜まってくる。聖域にズカズカと下心のみで踏み込んでくる連中に俺らDJは中指を立ててしかるべきなのに、それもしないどころか、タレントDJに一緒に写真に写ってくれるように頼み、それをSNSにアップしようとしてるプライドのカケラも無いハイエナになり下る連中まで出てくるあり様で落胆する。イベントオーガナイザーやクラブ側も、プロのステージを作っているという誇りがあるようには思えない。お客さんからもらった金額に見合うものを提供しようという誠実さを捨て、デカいつらをした素人達に頭を下げてギャランティを支払い続けているなんて、とても正気の沙汰とは思えない。さっさと愚かなドーピングみたいなやり口から足を洗って、目を覚まして欲しい。こんなことを続けていたら、DJという行為そのものが疑われるし、業界全体の格も信用も落とし続ける一方だ。未来の自分達の為に、この現状は絶対に変えなきゃいけないはずなのに。

文學界 7月号

2020年7月号 / 6月5日発売
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