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ミックス・テープ 新連載 第1回 タレントDJ<特別全文公開>

ミックス・テープ 新連載 第1回 タレントDJ<特別全文公開>

文:DJ松永

文學界7月号

出典 : #文學界

「文學界 7月号」(文藝春秋 編)

 …という風に考えていたのが、数年前までの俺。たまにラジオなどメディアに出演する機会があったら、毎回うさばらし的にこういう話をよくしていたが、今はすっかり変わった。タレントDJに対してはもう何も思わない。それは、今こうして「文學界」での連載を始めるように、単純に自分自身の活動が少しずつ軌道に乗ってきたから。状況が変わると気持ちも変わる。

 もちろん俺は言葉を扱う仕事を生業としているわけじゃないし、執筆の経験もほとんどない。しかも、よりによって由緒ある「文學界」なんていう文芸雑誌での連載だなんて、身分不相応だと思った。けど、しっかりDJを頑張って成果が出たその先に、こんな思ってもみない光栄な仕事まで出来るような未来が待っていたなんて、素直に嬉しかった。他人への妬み嫉みで押し潰されそうになっていた数年前の自分へ教えてあげたいと思った。

 そしてこの連載の話が本決まりになって、いよいよ1回目はどういった内容のものを書けば良いのだろうかと頭を巡らしているとき、俺はふと恐ろしい事実に気付く。「あれ? 今からタレントDJと一緒のことしようとしてる?」

 数年前に他人に対して放っていた矢が、自分に向けて猛スピードで飛んで来ていた。しかも当時の俺が鋭利に刃物を研ぎ上げて、めちゃくちゃ強力なボウガンを使ってぶっ放した矢なもんだから、それはもう激しく突き刺さった。

 自分に問いかけた。俺は文學界に連載を持てるようになるまで、文章を書くという行為に対して、どれぐらい向き合い続けてきただろうか。どれぐらい愛情を注ぎ込んで来たのだろうか。どれぐらい挫折を味わってきただろうか。過去の俺のように、ひたすら打ち込み続けて、これしかないんだって自分に思い込ませながら人生を狭めていって、それでも尚、満足出来るほど日の目を見られない人達は、どう思うだろうか。まさしく俺は今、他の仕事で得たアドバンテージで、本来持ち合わせているべきもの、通っていくべき道のり、それら全てを免除してもらおうとしてる。そもそも、文章を書く人にとって何が下積みになるかすら知らないし、文章を書くみたいな言い方で合ってるのかどうかすらも自信無い。執筆の方が良いのかな。もう、何から何まで分かってない。あの日あのイベントで、DJ機材の前に立ち、ひたすら当てぶりをし続けて帰っていった彼女と俺、一体何が違うんだろうか。

 それに今こうして冷静になってみると、タレントDJと揶揄していた彼らは、なにも生まれもったもので得をしてるわけではなく、本業に邁進した結果それに見合った実績を挙げたからの待遇であって、皆んなそこへのリスペクトがあるから写真も一緒に写りたくなるし、イベントにブッキングしたくなるし、DJとしての姿も見に行きたくなる。今考えれば至極当たり前の話で、タレントDJが本業で成し遂げた分の実績をDJで全く積み上げられてない俺が、何を言っても全く説得力が無かったし、言う資格も無かった。そんな不平不満を言う前に、もっと練習に励んで己の腕を磨くべきで、状況を打破する方法もそれ以外は他にないっていうのに。

 今さら気づいた。けど、もう遅い。こんな状況で理解があるようなことを言っても取り返しはつかないし、最近めっきりクラブにも行ってないから、今の詳しい事情すらも全然知らないくせに。本当に調子がいいと思う。それに、こんなことを1回目に書いて保険を掛けている感じも自分で分かって、ツラくなってくる。連載を決めた時点で何を言っても無駄なのに、この期に及んでまだ助かろうとしてる感じも情けない。そんな有様だから、今の俺が数年前の感情を掘り起こすのはかなりの苦行で、冒頭部分は筆が全く進まなかった。かといって、こんなことには全く触れず、最低な自分を引き受けて、いっそ腹をくくってしまうことも出来なかった。俺はこれからずっとこの気持ちを抱えながら連載をし続ける事になるんだろう。

 いや、便利に出来てる俺だしな。案外すぐに慣れていっちゃうのかもな。

文學界 7月号

2020年7月号 / 6月5日発売
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