特集

ジョン・フォード論 第一章-II 樹木

文: 蓮實 重彦

文學界4月号

「文學界 4月号」(文藝春秋 編)

II 樹木

 

太い木の幹の誘惑

 

 いたるところに樹木がたわわな枝を茂らせているのではなく、むしろ、地表をおおう植物のまったき不在として想起されがちなジョン・フォード的な風景は、もっぱら空の拡がりと大地のはてしなさとが媒介なしに接しあうことで、創世記的とも呼べそうな調和を生きているかに見える。ところが、ときおり、そうした西部劇的な風土からは思いきり遠いところに、太い一本の木の幹がいきなり姿を見せ、そここそが歩みをとめるにふさわしい場所だと低くつぶやくかのように、純朴な男女にひそかな手招きを送る。(註1

 実際、フォードの作品では、何人もの男女が、まるで吸いよせられるようにしてその太い木の幹に近づき、そのかたわらで読書に励んだり、編み物をしたり、あるいはそこで煙草に火をつけたり、亡き妻の思い出にふけったり、潤んだ瞳を交わしあったり、ときには誘惑の身振りさえ演じてみたりもする。だから、フォードは、「太い木の幹の誘惑」に屈しうる感性の持ち主だけにキャメラを向けがちなのだといえるかと思う。ふと、そう断言せずにはいられないほど、黒々とした太い幹の木が、一作品の限界を超えていたるところに生い茂り、遥かな饗応関係を生きているかのようだ。

文學界 4月号

2020年4月号 / 3月6日発売
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