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「虐待事件の報道では、“実の父親”の存在が抜け落ちている」――『迷子のままで』(天童 荒太)

「虐待事件の報道では、“実の父親”の存在が抜け落ちている」――『迷子のままで』(天童 荒太)

「オール讀物」編集部

Book Talk/最新作を語る

出典 : #オール讀物
ジャンル : #エンタメ・ミステリ

マスコミが見えていない現実

 さらに本作であぶり出されるのは、捜査をする側、事件を伝える側の“無自覚”だ。

「世の中には、アルファベットを言うこともできない、割り算もできない、分数も分からないという子どもたちがいます。彼らは日々生きていくので精一杯で、人生において何を学ばなければいけないのかを考える余裕もありません。しかし、捜査をする警察や、マスコミをはじめとする発言権のある人々、地位のある人々は、その現実が見えていない。彼らは日本のなかでは富裕層ですから、相対的に恵まれた環境にいると言えます。しかし、彼らだって悩みや問題を抱えていて、人によっては『自分は周囲に比べて恵まれていない』と思っている。その“恵まれなさ”と、虐待事件に関わる人々の“恵まれなさ”のレベルは当然大きく異なるのですが、その差に無自覚なのです。無意識のうちに“恵まれた側の尺度”で事件について考え、語ってしまうので、いつも何かがズレている。私は小説家として、そこを可視化したかった」

コロナ禍の私たちにも通じる物語

 中編「いまから帰ります」では、福島県の浜通りで、今も原発の除染作業に関わる労働者たちの姿を描いた。

 天童さんは、若い頃に市場や町工場で肉体労働をした経験があることから、労働の感覚を身体が覚えていたという。それは作品冒頭で書かれた、除染作業員たちの激しい息づかいがそのまま伝わってくるような描写にもよく表れている。

 さらに、テレビの取材で何度も被災地に足を運び、過酷な除染作業の様子を見てきた。

 被災地の現場を見ながら、「この人たちを一体誰が救うのだろう、誰が掬い取っていくのだろう」と考え続けた。

「ドキュメンタリーやノンフィクションでは、見えているものしか伝えることができませんが、小説では目に見えていない、裏に隠されていることを露わにすることができると思っています」

 そこで本作では、労働そのものではなく、あえて彼らが仕事から解放された、夕方から夜明けにかけての数時間に物語を凝縮させた。

「『今日も命がけだったけれど、とりあえず終わった!』と仕事帰りにバカ騒ぎする労働者たちの姿を描いてみたかった。登場人物たちは仕事から解放されている間、恋愛や家族と向き合っていきます」

 作中で主人公が出会う、映画監督・伊丹万作の“だまされるということ自体がすでに一つの悪である”という言葉は、天童さんが19歳のころに出会って以来、人生の指針としてきたものだという。

「いまコロナ禍で混乱している私たちにとっても、示唆に富んでいる言葉なのではないでしょうか。この小説は、震災の物語ではありますが、今の政府、今の日本にも当てはまるテーマです。多くの人に響いてくれることを願っています」


(オール讀物8月号より)


てんどうあらた 一九六〇年、愛媛県生まれ。一九九六年『家族狩り』で山本周五郎賞。二〇〇〇年『永遠の仔』で日本推理作家協会賞、二〇〇九年に『悼む人』で直木賞を受賞した

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