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『マンモスの抜け殻』相場英雄――立ち読み

出典 : #別冊文藝春秋
ジャンル : #小説

別冊文藝春秋 電子版33号(2020年9月号)

文藝春秋・編

別冊文藝春秋 電子版33号(2020年9月号)

文藝春秋・編

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「別冊文藝春秋 電子版33号」(文藝春秋 編)

 女将は自らの頰を人差し指でなぞり、顔をしかめた。顔に傷のある連中、つまりヤクザ者ということだ。やはり藤原はずっとマル暴との付き合いがあったのだ。

「喧嘩していた? それとも和気藹々だった?」

「和気藹々ね。いつも偉そうな顔して、若い人たちにお酒飲ませていたから」

「わかった。ありがとう」

 厨房脇からテーブル席に戻る。

「なんかありました?」

「被害者はこの店の常連、それにマル暴と一緒だった」

 関の眉根が寄る。

「マル暴絡みの怨恨ですかね?」

「和気藹々、楽しく飲んでいたそうだ。まあ、その辺りは他の鑑取りの連中に任せよう」

 蕎麦湯を猪口に注ぎ足しながら言ったとき、テーブルに置いたスマホが振動した。

「若様だ」

「野沢管理官ですね」

 液晶画面にキャリア警視・野沢の名前と番号が表示された。

「蕎麦湯くらいゆっくり飲ませろ」

 鈍い音を立てるスマホを横目に、仲村は猪口を傾け続けた。


「では再生します」

 紺色のウインドブレーカーを羽織った捜査支援分析センターの若手捜査員がパソコンのエンターキーを叩いた。

 仲村は牛込署会議室の壁に目をやった。小さなプロジェクターから青白い光が放たれ、スクリーン代わりの白壁に喫茶店の様子が映し出された。

「窓際の奥にいるのが被害者の藤原さん、背中は松島氏です」

 若い捜査員が告げる。一方、仲村の右隣に陣取る野沢管理官は長い足を組み、不機嫌そうにスクリーンを見つめる。

 捜査本部に入るなり、連絡が遅いと野沢に怒鳴られた。警察組織に年齢の上下は関係なく、階級がものをいう。巨大なピラミッドの底辺にいるのが仲村や関、頂上付近の限られた層に属するのが野沢だ。ずっと年下の上司だが、連絡には即座に応えるよう求められる。

 左隣に座る関が目線で大丈夫かと尋ねると、仲村は鷹揚に頷いてみせた。

「ここからです」

 若手捜査員の声に、仲村は壁の映像に目を凝らした。画面奥に座る藤原が口元を歪め、不敵な笑みを浮かべた直後だった。対面の環が立ち上がった。

 

別冊文藝春秋からうまれた本

電子書籍
別冊文藝春秋 電子版33号(2020年9月号)
文藝春秋・編

発売日:2020年08月20日

プレゼント
  • 『赤毛のアン論』松本侑子・著

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