八
七月二十日、頼家が倒れた大江広元邸は壮絶な有様となっていた。
――お願いだから、もう死んで!
暴れ回る頼家の手足を押さえつつ、政子は心中絶叫した。
「く、ぐわー!」
白目を剝いた頼家は叫び声を上げつつ、口から嘔吐物を噴出させた。だがすでに胃の腑が空っぽなためか、吐き出すのは泡状の胃液だけだ。それでも胃は激しく痙攣しているのか、のたうち回るようにして発作を繰り返している。
「万寿、しっかりするのですよ!」
「うう、苦しい。何とかしてくれ!」
頼家は激しく身悶え、政子や医家の袖を摑んでは助けを求めている。
この日、頼家が広元邸を訪れるのは以前から予定されていたので、政子は自分も行くことにした。そして案に相違せず、頼家の具合が悪くなった。
「誰か助けてくれ!」
「ああ、万寿――」
「母上、苦しい。苦しいのです」
「万寿、堪えるのです」
「うう、うわー!」
頼家は身悶えしながら蒲団を這い出し、広縁まで転がり出た。庭に控えていた義時とその郎党たちが、頼家を抱えて蒲団に戻そうとする。
「母上、此奴らを遠ざけて下さい!」
比企一族がこのことを知る前に、政子は先手を打って義時とその郎党を呼び寄せていた。本来なら頼家の傍らから離れない比企一族だが、頼家は大江広元邸で倒れたので、広元の意向によって締め出すことに成功した。
つい先ほどまで、広元と比企の使者らしき者とのやりとりが、表口の方から聞こえていた。比企の者を絶対に入れないよう、政子は広元に言い含めていたので、広元はうまくやってくれているようだ。
「母上、比企の者らをお呼び下さい。く、くくう」
片手で胃の腑を押さえながら、頼家はもう一方の手で義時を突き放す。
「此奴が、わしを殺そうとしている。あっちへ行け!」
大きく目を見開いた頼家は、その人差し指を義時に向けた。
「此奴は魔物の化身だ。父上の鎌倉府を乗っ取ろうとしておるのだ!」
「お静かに!」
義時が雑色に指示を出し、頼家を無理に蒲団に戻した。激しく体を揺すって抵抗した頼家だったが、突然全身を痙攣させると、血の塊を吐いた。
蒲団が見る間に朱に染まる。
――早く死んで!
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