保元の乱を描いた歴史小説にして、伊東潤のさまざまな企みが凝縮された作品である。ページを開けば、驚きに満ちている。
二〇〇七年、『武田家滅亡』でメジャー・デビュー。『戦国奇譚 首』(〇九年)『戦国鬼譚 惨』(一〇年)で、関東を舞台に戦国武士たちを活写し、歴史小説の新星として私たちに鮮やかな記憶を刻み込んだ。その後も『国を蹴った男』(一二年・翌年、吉川英治文学新人賞受賞)『巨鯨の海』(一三年・山田風太郎賞)『峠越え』(一四年・中山義秀文学賞)など、武将たち、男たちの姿に迫ってきた。
それが本書の舞台は華やかな王朝文化に彩られた平安末期、しかも主人公の一人は女性なのだ。
主に戦国武将を描いていた頃だと思う。ご本人が「書きたい時代は、古代から昭和まで」と言っていた。この言葉通り、伊東さんは世界を広げていく。『野望の憑依者』(一四年)で南北朝時代を、『池田屋乱刃』(同)で幕末を、『横浜1963』(一六年)で昭和をといった具合に射程距離を伸ばしている中で、本書『悪左府の女』の単行本は一七年に刊行された。
タイトルにある「悪左府」とは左大臣であり、摂関家の氏長者(うじのちょうじゃ)でもある藤原頼長のこと。「『悪』という言葉は力強さを表しており、頼長の場合、その突出した能力と妥協を知らない性格から付けられた異名だった」という。その頼長をもってしても、公卿の「走狗」とあなどっていた武士の台頭を抑えられず、絡めとられていく。
彼らの権力闘争が、季御読経(きのみどきょう)、五十の賀、重陽(ちょうよう)の儀などなど華麗な行事が進行する中、繰り広げられる。対比の妙で読者を飽きさせず、あの手この手の暗闘に手に汗握る。
一方で、時代性を担保する筆も怠りない。例えば「名簿(みょうぶ)」である。「己や一族の姓名・官位・生年月日が書かれた名札のことである。この時代は主従の関係があいまいであり、主人と目する人に自らの名簿を提出することで、従属の証としていた。/また名簿には、いったん忠節を誓ったものが裏切ったり敵対したりした場合に呪詛するという脅しの目的もあった。呪詛する際には、実名や生年月日が必要なため、常の場合、誰もがそれを秘匿している」。「内覧とは」「没官(もっかん)とは」と、手を抜かず説明していくのは作家の誠意であり、歴史好きの面目躍如と言っていいだろう。