本の話

読者と作家を結ぶリボンのようなウェブメディア

キーワードで探す 閉じる
日本国憲法誕生まで、政府とGHQとの言葉を巡る、息詰まる攻防の物語。

日本国憲法誕生まで、政府とGHQとの言葉を巡る、息詰まる攻防の物語。

文:大矢 博子 (書評家)

『ゴー・ホーム・クイックリー』(中路 啓太)

出典 : #文春文庫
ジャンル : #小説

『ゴー・ホーム・クイックリー』(中路 啓太)

 実際、苦労の末に佐藤が訳したものをGHQの担当官が一言一句確認し、なぜこの訳語なのかと追及し、それに懸命に抵抗するくだりは、まるで剣の果し合いのようだ。

 たとえば天皇の国事に関する行為について、GHQの草案では内閣のadviceとconsentが必要、とあった。そのまま訳せば助言と同意である。これを日本側は「輔弼」の一言にまとめた。君主を補佐するとか助けるといった意味の熟語だ。

 GHQ側はconsent(同意)に対応する文言がない、と指摘する。そりゃそうだろう。だが日本側は同意という言葉を使いたくなかった。内閣が天皇に「同意」するなんて、まるで内閣の方が天皇より偉いみたいじゃないか――うわあ、そう考えるのか!

 じゃあ同意じゃなくて協賛はどうだ、賛同はどうだ……ひとつの言葉に対し、その定義を調べ、使い方を調べ、前例を参照する。天皇を内閣の下に置きたいGHQと、あくまで天皇が至高だとする日本側の、言葉を武器にした斬り合いである。条文ひとつひとつ、言葉ひとつひとつにこういう戦いがあるのだから、エキサイティングこの上ない。

 どの言葉を使うかで、意味も、受ける印象も大きく変わる。

 それは憲法に限らないことが、本書の序盤でさりげなく示されている。憲法改正にあたって日本政府に作られたのは「憲法改正委員会」ではなく「憲法問題調査委員会」だった。そもそも改正に意欲的ではなかったことがわかる。本来なら統治局と訳されるはずのGHQのGovernment Sectionを外務省は「民政局」と訳した。敗戦は「終戦」、占領軍は「進駐軍」。敗戦後に占領軍が来た、と、終戦後に進駐軍が来た、では確かに印象が違う。言葉の持つ力がわかろうというものだ。

 他にも、日本の法律文にするには芸術的すぎる表現があったり、象徴天皇という考え方に戸惑ったり、シビリアンの訳語に困ったりと読みどころは多いが、翻訳の問題について最もページが割かれているのが、戦争の放棄を謳った第九条についてである。

 戦争をしないという決意に問題はない。軍備を持たないというのも、屈辱ではあるが敗戦国なのだから仕方ない。だが提示された「戦力を保持してはならない」という言い方は「何だか日本国民全体が他力で押さえつけられるような感じを受ける」「情けなさを感ずる」という意見が出る。誰かに禁止されるような表現ではなく、自ら「保持しない」と宣言する方が「心がすっとする」と言う。

 意味は同じだ。それでも少しでも意地を見せたい。その思いを言葉に乗せる。

文春文庫
ゴー・ホーム・クイックリー
中路啓太

定価:968円(税込)発売日:2020年09月02日

プレゼント
  • 『踏切の幽霊』高野和明・著

    ただいまこちらの本をプレゼントしております。奮ってご応募ください。

    応募期間 2022/11/25~2022/12/02
    賞品 『踏切の幽霊』高野和明・著 5名様

    ※プレゼントの応募には、本の話メールマガジンの登録が必要です。

ページの先頭へ戻る