- 2020.09.21
- 書評
業界の不正は「お局美智」が斬る! 予想外の展開に息を呑む、痛快活劇
文:東 えりか (書評家)
『お局美智 極秘調査は有給休暇で』(明日乃)
出典 : #文春文庫
ジャンル :
#エンタメ・ミステリ
お金の出入りを管理する経理は会社の防波堤である。不正や間違い、あるいは犯罪が発覚するのは不透明なお金の流れから、ということが少なくないのだから。
だからこそ経理担当者本人が行った横領は表に出にくい。億単位の巨額横領事件の犯人が経理担当者であるという報道を目にすることも珍しくない。
長期間にわたって多額の横領をしていても発覚しない、というのはその担当者が信頼され責任を負っていたということだ。
ならば発想を変えて、経理責任者がすべての情報を集約し、それを会社のトップに報告すれば、社員に知られずに犯罪を未然に防げ、信用を落とすことなく、健全な会社を経営できるということになる。
佐久間美智はNOMURA建設の経理課社員。前作『お局美智 経理女子の特命調査』では、入社から十八年、四十歳になると紹介されている。
終戦直後に創業されたNOMURA建設は典型的な同族会社だ。資本金一億円、社員百数十人の中小企業ではあるが、人口二十万の地方都市では大きな会社といえる。
六年前に社長が代替わりし、現在の社長は三代目の野村勇作が務めている。先代の作太郎社長より利益率や効率を重視するようになったとはいえ、高度成長期に存在していたような古き昭和の匂いのする社風は残っている。
そのひとつが、親近感の証だとして、女子社員の名前にちゃん付けする習わしだ。それも全員でなく役職にある女性はきちんと名字で呼ばれるあたりが差別的である。
昨今では「セクハラ」と呼ばれてもおかしくないが、多分「企業コンプライアンス」と聞いても「なにそれ、食べられるの?」くらいにしか思わない地方の中小企業はまだ少なくないかもしれない。
「お局」と陰口を叩かれている美智は、先代社長が会長に退く際に導入された盗聴システムの音声データをチェックし、会長に報告するという特命を受けている。欲がなく口が固い美智は会長に信頼されていた。こうした行為は美智の好むものではなかったが、当時の社長を尊敬していた美智は、その指示にノーとは言えなかった。
システムは音がしたときだけ作動し、内容はAIが解析するため、美智がチェックすることはそれほど多くない。稀に不倫や仕事上の不正、失敗などを聞いてしまうこともあるが、大ごとでない限り会長には報告しない。美智にとって会社は平穏で働きやすい場所であれば良いのだ。
前作ではかっての上司で経理課長だった愛川友也の横領を正し、有能ではあるが女癖の悪い総務・経理担当の山一庄治常務を辞職に追い詰め、社長の愛人問題を解決するという活躍を見せた。
建築会社だけに現場で働くガテン系の職人たちにも気を配らなくてはならない。何かと角を突き合わすスーツ組との軋轢もできるだけ少なくする、それも美智の業務である。
働き方改革が叫ばれる社会で生き残るために、会社は残業時間、経費などの削減をしなくてはならない。しかし必要以上に厳しく行えば、営業成績だけでなく人間関係に軋轢が生じる。それをどうにかできないか、美智の機転が冴えわたる。
社員の会話を盗聴できるというのはオールマイティの力を持っている。事情によっては経営陣を総入れ替えできるほどの力を持つ両刃の剣になる。
会長を尊敬している美智だが、だからといって全幅の信頼を置いているわけではない。同族会社だからこそ、いざとなれば家族を大事にするのはわかっている。