- 2020.09.21
- 書評
業界の不正は「お局美智」が斬る! 予想外の展開に息を呑む、痛快活劇
文:東 えりか (書評家)
『お局美智 極秘調査は有給休暇で』(明日乃)
出典 : #文春文庫
ジャンル :
#エンタメ・ミステリ
美智のすべきことは、事件を未然に防ぎ、必要以上の動揺を社員に与えず、会社の存続を揺るがすようなことがあれば先手を打つこと。隠密のくノ一のように行動する。
文庫版シリーズ二作目になる『お局美智 極秘調査は有給休暇で』でも美智の能力はいかんなく発揮される。
前作の最終章で同じ市内にあるモチズリ建築の訳あり事業、シェアハウスを買い取ることになったNOMURA建設。この新規事業のテコ入れに、美智は経理から新設された資産管理係への異動を命じられる。
業務は高齢者の多いシェアハウス入居者の安全管理や家賃の回収管理。杜撰だった安全管理システムを構築し直さなくてはならなくなり、美智は仕方なく、モチズリ建築に彼らが作った“らくらく安全システム”の無償利用を認めてもらおうと助けを求めるが…。
このモチズリ建築の女社長、坂下なみ江とその部下たちには、裏社会とのつながりがありそうだ。その上、美智の特命業務に気づいた同僚の内藤希美の追及も激しさを増す。
前作はサラリーマンなら胸に覚えのある「中小企業のありがちな話」を美智が見事に解決する物語だったが、今回はさらに痛快な活劇だ。
会社の危機を察知して、東京に単身乗り込み、大手ゼネコン会社のボスに直談判しにいく(それも有給休暇を使って!)その姿は勇ましいが、大げさに「会社を守る」というわけでなく、美智の動機は正義感とは程遠い「安心して働ける会社」を求めているだけだ。
事務職には女性社員が多い。結婚や出産、子育てなど、日常は会社の仕事だけで済まされない。未婚で会社の事情に詳しく、トップの覚えもめでたい美智にとって、自分の持つ武器を最大限に生かしているに過ぎない。その行動が痛快なのだ。
2016年に施行された「女性活躍推進法」。日本の経済分野におけるジェンダーギャップを是正しようと掲げられた法律だが、当の女性から沸き上がったものでなく、男性目線で進められている気がしてならない。
多くの中小企業では、今でも女性の立場が弱いだろうことは推察できる。そんな閉塞した社会で美智のようにスマートに動けたらどんなにいいだろう。胸のつかえが下りるようだ。
さて本作の著者、明日乃さんは覆面作家である。公開されているプロフィールは「福島県出身。法政大学卒業」のみ。性別も年齢も秘密である。
2017年、明日乃さんは『お局美智』(投稿時のタイトルは『空気はGRAY』)で文藝春秋が小説投稿サイトエブリスタとコラボした「週刊文春」小説大賞の第一回大賞受賞者となった。以後、「お局美智」シリーズ作品を電子書籍で発表。現在十作が公開されている。新人の作家にしては珍しく、作品を発表するごとにダウンロード数はうなぎ上りとなり、男性読者に人気だそうだ。
今回はこのシリーズを文庫化したもので、書籍でのデビュー作となる。電子書籍の一作目~五作目が初の文庫オリジナル作品『お局美智 経理女子の特命調査』、六作目~十作目が続編である本書『お局美智 極秘調査は有給休暇で』となった。
さて「お局美智」シリーズはいったん完結となる。しかし読者はこの先が知りたいのではないだろうか。NOMURA建設の今後は、美智の今後の特命は、そして彼女は果たして結婚するのか。いつかそんな物語に再び会いたいと願っている。
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