特集

夜を昼の國

文: いとう せいこう

文學界10月号

「文學界 10月号」(文藝春秋 編)

 彼氏とのあることないことがネットに書き込まれてると気づいたのはつい昨日、もうすぐ年を越すという日の夜やった。書かれ出したら昼も夜も、何百何千とわけのわからない噂が湧いてくるに決まっていた。

 その時わたしはあったか過ぎる部屋の中で昔っぽい白い麻のワンピースを着てNetflixの恋愛連続ドラマの一気まとめ放送を観てる最中で、器具でセパレートした両足の爪を濃いめのミントブルーに二度塗りしながら、右足の小指だけは紺色だったのをきれいにリムーブし、そこをラメ入りのピンクに変えようかどうか悩んでもいた。

 それまで自分がずっと目のはしで気にしてたらしいのはローテーブルの上に斜めに立てて置いたスマホ画面で、三十秒ごとに更新するようにしてあるSNSの文字列にはその日も各種タレントの言い分がいつも通り流れていたし、中学の同級生だったレイカがレイカのママと公開で言い合いしてたり、すっごくこわい女の生き霊に取り憑かれてる近所の高級男子寮のイケメンの続報があったりして超ウケた覚えがあるんやけど、中でも午後十時半くらいの漢字の多い書き込みでわたしは胃袋ごと吐きそうなくらいドキッとし、それでずっと夢うつつでいられた日々からこの世に生き返ってしまったのだと思う。

「所は都の東堀。聞いて鬼門の角屋敷。瓦橋とや油屋の。一人娘におそめとて。心も花の色ざかり。年は二八の細眉に内の子飼の久松が忍び/\に寝油と」

 そう書いてあった。

 東堀とかが大阪の地名で生玉神社にわりと近いのを、わたしはわざわざ行って確かめた「前世」の記憶がよみがえりつつあるからわかっていた。「年は二八」のところが十六やということも。だって自分がちょうどその年やから。何年経っても。何百回これを繰り返しても。

 書き込みをした奴のアカウントは「歌祭文(うたざいもん)」とわざとらしいくらい存在のエグさをアピってて、プロフィールに飛ぶと「みんなの歌だよ~ん」とだけ書いてあった。おふざけを前面に出しながら、これは自分だけの意見じゃないと匂わせる、超いやがらせパターン。

 歌祭文が大昔のワイドショーみたいなものであることは前に家族から聞いてたけど、それはわたしたちのYouTube時代におっさんどもが作る古くさいテレビ番組とはずいぶんちがう。

文學界 10月号

2020年10月号 / 9月7日発売
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