さて、ようやく本書である。シリーズ四冊目の本書は寛政五(一七九三)年の物語。もう不景気が当たり前になってしまった江戸で、庶民たちは逞しく生きている。
基本的に本シリーズは連作短編形式だ。第一話「うしお汁」では、損料屋の向かいに店を構える質屋の小島屋が喜八郎に店を譲りたいと相談を持ちかける。息子の与一朗がどうにも頼りなく、店を任せられないというのだが……。
第二話「つけのぼせ」は、両替商・近江屋の三番番頭、以蔵の物語。故郷の兄から、母親が病気なので顔を見せてやってほしいと手紙が来る。だが近江屋は奉公人の休みには厳しい決まりがあった。母への思いと仕事の責任に引き裂かれ……。
この「つけのぼせ」が実にいい。短編単体として見ると、これまでのシリーズ四冊の中でも上位に入るのではないだろうか。これに喜八郎がどう関わるのかは読んでのお楽しみだが、終盤、私は何度も目頭が熱くなった。
そして第三話「仲町のおぼろ月」からが本書のメインイベントだ。深川の広大な旧火除地で作事(建設工事)が始まった。材料や道具、人足の食事や生活用品に至るまで商売のチャンスと張り切る深川の商人たち。ところが作事関係の品物はすべて外部から届けられ、深川には一切金が落ちないあたりから雲行きがおかしくなる。
やがてこの作事が巨大安売り市場のためと判明。完成したら地元の店が打撃を受けるのみならず、そこで買い物をすれば馴染みの店を裏切ることにもなり、人の繋がりまで危うくなってしまう。喜八郎は地元の人々と協力し、対抗策を考えるが……。
第四話以降、巨大安売り市場を仕掛ける妻籠屋の思惑が語られ、そして第一話・二話の登場人物ともつながって、事態は深川vs.妻籠屋の様相を呈していく。果たして喜八郎たちは妻籠屋の策略に勝てるのか。
不景気の中、安く物が買えるならありがたい。けれどそれで古くからの店が倒れ、町が壊れていく。まさに現代日本の姿である。それを山本一力は、深川という歴史ある地縁の濃い町に仮託した。地元を愛する気持ち、同じ町で暮らす人々との縁を大事にする気持ちが、利益優先の大手企業に立ち向かう様には背筋が伸びるとともに、実に痛快だ。
喜八郎たちの作戦は、決して奇を衒ったものではない。むしろ商売と地域の基本に立ち返ったものと言っていい。ここで紹介したい記事がある。「オール讀物」二〇一三年一月号に掲載された宇江佐真理さんとの対談だ。やや長いが、一部を引用する。
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『赤毛のアン論』松本侑子・著
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