棄捐令で先の見えない不景気の中にあった寛政年間の江戸を舞台に、経済ドラマと人間模様を描いた「損料屋喜八郎始末控え」シリーズ九年ぶりの第四弾である。表の顔は損料屋、実は元武士の喜八郎が、その知恵で札差や商人たちと渡り合い、詐欺を防いだり問題を解決したりの人気シリーズだ。
山本一力は一九九七年に短編「蒼龍」でオール讀物新人賞を受賞し、プロの道に入った。そして二〇〇〇年に初めての単行本を上梓する。それが『損料屋喜八郎始末控え』だ。つまり本作は著者のデビューから続くシリーズなのである。著者にとっても、そしてデビュー以来の読者にとっても出発点であり、二十年間伴走し続けている背骨のような作品と言っていい。
久しぶりなのでまずはシリーズの概略から紹介しておこう。
田沼意次が失脚し、松平定信による寛政の改革が断行された時代の江戸、深川が舞台である。改革の一環に、旗本や御家人の困窮を救うため、幕府は棄捐令を発令する。これは武士が札差に負っていた借金(俸給が米で支払われる武士は、米を札差に売って現金化する。多くの武士は将来払われる見込みの米を担保に現金を借りていた)を棒引きにするというものだ。このため札差は総額で実に一一八万両を超える損害を受けた。
最初は武士たちも喜んでいたが、すぐに状況が変わる。札差が強烈な貸し渋りを始めたからだ。結果、市中に金が回らず、江戸の景気は大きく冷え込んでいく。
金が動かないことで景気が悪くなる様子は、今の日本にそのまま当てはまる。特にコロナ禍で倒産や事業縮小が相次ぐ二〇二〇年現在、「経済が回る」ことの重要性を身に染みて感じている人が多いだろう。今シリーズを読み返すと、寛政の人々の閉塞感や苦労がまるで我がことのように感じられる。
主人公の喜八郎は、ある事情から武士の身分を捨てて損料屋(生活用品を貸し出すレンタル業)として再出発することになった人物である。だがそれは表向き。詳細は第一作をお読みいただきたいが、実際は恩のある札差の二代目を陰から支えるのが彼の役目だった――というのが本シリーズのスタート地点だ。そこから深川全体にわたる商売がらみの厄介ごとを陰にひなたに解決するようになる。
とにかくこの喜八郎がカッコイイ。頭の切れる渋い二枚目。常にクールで、思慮深い。その一方で剣の腕は抜群。かといって決して一匹狼ではなく、配下たちや町の人からの信頼も厚い。そして何より、悪徳商人を相手にしたときのキレッキレの策略と倍返しの痛快な逆転劇! 私は心中ひそかに「江戸の半沢直樹」と呼んでいる。いや、書かれたのは喜八郎の方が先なんだけども。
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