- 2020.10.20
- コラム・エッセイ
ある日「幻視」した未来に震え、ぼくは書き始めた。『手を伸ばせ、そしてコマンドを入力しろ』の新鋭による希望の物語
藤田 祥平
特別掲載に寄せて
出典 : #別冊文藝春秋
ジャンル :
#エンタメ・ミステリ
ぼくは往来のなかに立って、つぎのように思いました。
なあ、きみたち。なんだか、みんな、いそいで歩いていくけれど。
あの空っぽで、うつろで、あまりに寂しい世界を……知らないのか?
ほうっておけば、すべてが、ああなってしまうんだぞ。
いますぐに動かないと――取り返しがつかなくなるんだぞ!
ぼくは自宅に戻り、タイプをはじめました。すると指先から、「十年前の核戦争」と、「それにつづく奇妙な疫病の流行」が、あの世界の成因として、とめどなくあふれ出てきました。まるで、あの寂しい世界に生きるひとびとが、ぼくの身体に乗りうつって、こっちに来てはいけない、こんな未来にしてはいけないと、警告しているみたいでした。
とはいえ――自分で書いておいてなんですが――それは小説にすぎませんでした。まさか、ほんとうにこんなことにはならないだろう。あるいは、こうして書くことで、現代があの世界へとつづく可能性にとどめをさしているんだ。そんなふうに、自分に言い聞かせていたように思います。
そうして執筆をつづけていた、ある日。
海の向こうから、目に見えない疫病が、ぼくたちの国にやってきました。
緊急事態宣言が出たあとの、真昼間の、すべての店が閉まった、誰もいない通りを散歩しながら、ぼくは自分の覚悟のあまさに打ちのめされました。
つまり、物語るという行為のおそろしさを教えてくれたのは、現実世界のほうだったのです。
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