本の話

読者と作家を結ぶリボンのようなウェブメディア

キーワードで探す 閉じる
ある日「幻視」した未来に震え、ぼくは書き始めた。『手を伸ばせ、そしてコマンドを入力しろ』の新鋭による希望の物語

ある日「幻視」した未来に震え、ぼくは書き始めた。『手を伸ばせ、そしてコマンドを入力しろ』の新鋭による希望の物語

藤田 祥平

特別掲載に寄せて

出典 : #別冊文藝春秋
ジャンル : #エンタメ・ミステリ

「別冊文藝春秋 電子版34号」(文藝春秋 編)

 ぼくは往来のなかに立って、つぎのように思いました。

 なあ、きみたち。なんだか、みんな、いそいで歩いていくけれど。

 あの空っぽで、うつろで、あまりに寂しい世界を……知らないのか?

 ほうっておけば、すべてが、ああなってしまうんだぞ。

 いますぐに動かないと――取り返しがつかなくなるんだぞ!

 ぼくは自宅に戻り、タイプをはじめました。すると指先から、「十年前の核戦争」と、「それにつづく奇妙な疫病の流行」が、あの世界の成因として、とめどなくあふれ出てきました。まるで、あの寂しい世界に生きるひとびとが、ぼくの身体に乗りうつって、こっちに来てはいけない、こんな未来にしてはいけないと、警告しているみたいでした。

 とはいえ―自分で書いておいてなんですが―それは小説にすぎませんでした。まさか、ほんとうにこんなことにはならないだろう。あるいは、こうして書くことで、現代があの世界へとつづく可能性にとどめをさしているんだ。そんなふうに、自分に言い聞かせていたように思います。

 そうして執筆をつづけていた、ある日。

 海の向こうから、目に見えない疫病が、ぼくたちの国にやってきました。

 緊急事態宣言が出たあとの、真昼間の、すべての店が閉まった、誰もいない通りを散歩しながら、ぼくは自分の覚悟のあまさに打ちのめされました。

 つまり、物語るという行為のおそろしさを教えてくれたのは、現実世界のほうだったのです。

別冊文藝春秋からうまれた本

別冊文藝春秋 電子版34号(2020年11月号)
文藝春秋・編

発売日:2020年10月20日

ページの先頭へ戻る