- 2020.10.20
- コラム・エッセイ
ある日「幻視」した未来に震え、ぼくは書き始めた。『手を伸ばせ、そしてコマンドを入力しろ』の新鋭による希望の物語
藤田 祥平
特別掲載に寄せて
出典 : #別冊文藝春秋
ジャンル :
#エンタメ・ミステリ
さて。この作品の世界には、「大人」が登場しません。これは喩えではなく、具体的な設定です。
作品世界のすべてのひとが感染している病原体は、患者が二十二歳の誕生日を迎えたとたん、その肉体を確実に死に至らしめます。
この病原体は、ひとびとをひとつの巨大なネットワークにつなぎ止める、自己増殖する極小の有機機械でもあります。名前は、スマートダスト。それは目に見えないくらい小さな塵で、大気中に漂っていて、呼吸や食事からひとの体内に入り、脳に癒着します。癒着された脳は、この小さな塵に言葉や感情をのせてやりとりし、他人や世界と交信することができます。
この病原体=スマートダストは、すでに地球の全地表を覆っていて、草花や、風や、空や、そのほかの、ありとあらゆるものに含まれています。
したがって、この世界にいるかぎり、ひとは、二十二歳を過ぎて生きることはできません。
ひとりめの語り手は、二十一歳の青年です。かれはちょっと変わったところがありますが、おおむねさっぱりした性格で、冗談を好み、隙あらば他人を笑わせようとします。
かれの仕事は、いなくなってしまった大人たちのあとをついで建国された新日本国の、政府の役人さんです。ひとびとの暮らしを良くしようと、かれは奔走をつづけてきました。しかし、肉体的には花盛りのかれも、そろそろ終活の時期です。後任を決めなければなりません。
そこで選ばれたのは、山口の漁村で平目を釣りたおしていた、十六歳の少女でした。
首都である京都に彼女がやってきて、かれらが出会うとき、この物語がはじまります。
この壊れかけた世界で、かれらはそれなりに幸せに生きています。かれらはお花見をし、キャンプをし、釣りをします。そして、主人公に最期のときがやってきます。
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