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寝ても覚めても心を乱してくるものの正体は何か? 人生の岐路に立つ「私」のひと夏の物語。『星のように離れて雨のように散った』島本理生――立ち読み

寝ても覚めても心を乱してくるものの正体は何か? 人生の岐路に立つ「私」のひと夏の物語。『星のように離れて雨のように散った』島本理生――立ち読み

島本 理生

電子版34号

出典 : #別冊文藝春秋
ジャンル : #小説

「別冊文藝春秋 電子版34号」(文藝春秋 編)

 朝食の温泉卵を喉に流し込んだタイミングで

「春が前に付き合ってた男の子とは、どんな旅行したの?」

 彼が訊いた。

 私はちょっと考えてから、海水浴とかサファリパーク行ったりしたよ、と最初に付き合った元々カレとの思い出を伝えた。

 すると亜紀君は、私が半年だけ付き合った日本文学科の同期生の元カレと誤解したのか

「そっか、意外とアクティブだったんだね」

 という感想を口にした。

 そういえば彼は以前、やっぱり春と共通の話題が多い関係って羨ましいから俺もたくさん本を読むよ、と言っていた。この人はこんなふうに私の過去と自分とをたまに比べては、一人で頑張ろうとする。

 私にしてみれば、もう知っていることばかりが重なるよりは、Wi-Fiがない環境でパソコンメールが送れずに困っていたら

「そんなのスマホのテザリングで出来るよ。春どうせ動画もほとんど見ないから、月々の通信量、余ってるでしょう」

 と教えてくれるほうが、よほど尊いのだけど。

 半年だけ付き合った元カレも

「同じ本好きだから」

 分かり合えることが多い、という台詞をよく口にした。

 が、なまじ分かるからこそ彼の一番好きな作家が「巡り巡って」「やっぱり」の太宰治だったり、セックスの後に独り言のように、ふう、と呟いて前髪をかき上げる癖だったり、全裸でまず最初に眼鏡を掛ける自意識(彼は眼鏡を掛けている顔のほうがかっこいいと思っていた)だったり、篠田君と喋っていただけで好きなタイプなんだろうと嫉妬したり(私と篠田君は院に進むまでべつに仲良くなかった)といったことが滑稽に感じられてしまい

「やっぱり私は恋愛向かないみたい」

 と自分のせいにして、話し合いを避けるように後期試験の最中に別れた。

 彼がまるで自分に言い聞かせるように「ふうむ」というつぶやきをLINEで五回連続で送ってきた末に

「確かに、最初からそんな印象はあった」

 と自分を顧みることなく締めくくったのもまた引っかかった言動の一つではあったけれど、それ以上しつこくされることなく、半年間ありがとう、で終わらせてくれたときには根の素直さに触れた気がして、少ししんみりした。
 

 

 

別冊文藝春秋からうまれた本

電子書籍
別冊文藝春秋 電子版34号(2020年11月号)
文藝春秋・編

発売日:2020年10月20日

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