特集

上演記 『橋づくし』の渡りかた<特集 生きている三島由紀夫>

文: 野上 絹代

文學界12月号

「文學界 12月号」(文藝春秋 編)

 主催の梅田芸術劇場からお誘いをいただいたのは緊急事態宣言の直後、四月の初めだった。その頃の私は三月に公演を予定していた演出作品『カノン』(作・野田秀樹)が初日間近で全公演中止になり、所属している劇団・快快(FAIFAI)の五月の新作公演も中止が決まった時期だった。軒並み仕事がなくなり、周りも悲痛な叫びが飛び交う中でのオファーは「めげている場合じゃない。また演劇作品を作りなさい」と垂らされた「蜘蛛の糸」(作家違いですみません)のようだった。

 私が「MISHIMA2020」で『橋づくし』を上演しようと決めた理由は私の中の「三島像」を大きく変えてくれたからだ。文学に疎く三島由紀夫を一冊も読んだことのない私にとって三島といえば「自決」「ナルシシズム」「観念的」「性表現が細かすぎ」「男くさい」「なんか、女が狂ってる」というかなり偏ったもので、それらはドロッとした粘性を伴う、なんだかネガティブなイメージだったからだ(後にそれが、今は亡き父が中学生の頃に観せてくれた父の監督作『愛の処刑』(三島原作と言われている)から来るものだったと判明する。父め!)。しかし、とにかく読み進めなければ蜘蛛の糸は上れない。最初に読んだのは、『美しい星』『三島由紀夫レター教室』『肉体の学校』の三作品。なぜこれらにしたかというと、あのドロッとしたイメージから遠そうだったから。『美しい星』は純粋に物語を楽しみ、『レター教室』は手紙のやり取りで構成される物語というのが「行間」を想像させてとても面白く、このコロナ禍で直接顔を合わせることができない昨今と通ずるところがあった。読んでいる中で、ふと、手紙の内容は音響でスピーカーから流れてくるのに対し、演者はそれを感情的に体現するような、身体から言葉を引き剥がしたダンスのような演出を想像した。『肉体の教室』もとても好きだった。主人公の女性が時代設定にしては先進的でとにかくかっこいい。四人の演出家のうち、女性は私一人なので、だから何かが違うというわけではないが、三島の描く女性像をこんなふうにもっと身近な共感できる存在として観客に提示したいという願望を持った。どの作品も言葉の美しさ、登場人物たちの魅力、未知の物語への好奇心で思っていたよりも早いペースで読み進めることができた。何より、「舞台ではどう表現したら面白いだろう?」という創作意欲を私に与えてくれ、たとえ世の中が混沌とし不安が続いても、このちっぽけなワクワクした気持ちが人を一歩前進させる力になるのだと確信できた。しかし、三冊読み終わった時点でこれを小作品にすることは無理だと気づく。企画の序盤では四人の作品が一度に観られる公演、という概要だったので大体三十分作品と聞いていたのだ。読書が苦手なくせに、長編ばかり三冊も読んでしまってから気づくなんて! とはいえ、読む前とそれ以降では三島のイメージがだいぶ柔らかくなったのも事実。気を取り直して短編に絞って読むことにし『橋づくし』に辿り着いた。

文學界 12月号

2020年12月号 / 11月7日発売
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