では、オーバー・テクノロジーに作者は、いかなる意図を込めたのか。物語世界の異界化ではなかろうか。「機龍警察」シリーズでいえば、警察小説に機甲兵装を投入することにより、いままでにない警察小説になっている。本書と『残月』も、コルト社の拳銃を投入することにより、従来の時代小説とは違う味わいが生まれている。地下の邪教や、宝物の争奪戦など、本書のストーリー上での道具立ては、時代伝奇小説では珍しいものではない。それでも新鮮に感じるのは、M1847を使って大活躍をする羽衣お炎がいるからなのだ。オーバー・テクノロジーによって物語を異界化し、独自の世界を創り上げる。そこに月村作品の大いなる魅力があるのだ。
さらにいえば、二〇一八年の『東京輪舞』以降の、現代史を題材にしたミステリーでも、作者は物語世界を異界化している。といってもオーバー・テクノロジーを使用しているわけではない。『東京輪舞』では、さまざまな実在の事件を通じて、昭和・平成の裏面史が暴かれる。『悪の五輪』では、一九六四年の東京オリンピックの利権に群がる者たちを活写した。『欺す衆生』は豊田商事会長刺殺事件を彷彿とさせる場面、『奈落で踊れ』は大蔵省の接待汚職「ノーパンすき焼きスキャンダル」から、それぞれ物語が始まる。こうした一連の作品を眺めていると、作者は私たちの生きる現実の世界そのものを異界化しようとしているように感じる。
もちろん物語とはフィクションである。虚構であるのは当然だ。しかし虚構にするためのベースに、なぜ現代の史実を繰り返し持ってくるのか。現代史を異界化することにより、現実の裏にある虚構を屹立させる。そして虚によって実を撃とうとしているからだろう。現代と過去を舞台にした、さまざまな物語を書き続けた作者は、今、現代史を異界化することで、歴史とその中で生きる人間の真実を暴こうとしている。このように月村作品は進化したのだ。
おっと、作家論めいてしまったが、本書はあくまでも痛快娯楽作品だ。気風がよくって一途な女渡世人・羽衣お炎と、彼女の仲間たちの大暴れを楽しめばいい。日本も世界も、これからどうなるか分からない混迷の時代である。本書を読んで、ほんの一時でも、浮世の憂さを吹き飛ばしたいものだ。
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