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西郷隆盛、そして作家・葉室麟の遺志「わが国は道義の国でなけりゃ、ならん」

西郷隆盛、そして作家・葉室麟の遺志「わが国は道義の国でなけりゃ、ならん」

文:内藤 麻里子 (文芸ジャーナリスト)

『大獄』(葉室 麟)

出典 : #文春文庫
ジャンル : #歴史・時代小説

『大獄』(葉室 麟)

 一方、郡方書役という平凡な役人だった西郷吉之助の仲間内での位置はこんなだった。〈吉之助は常に理由を言わず、結論だけを言う。そんなとき、日ごろ、平凡で茫洋としているとしか見えない吉之助のひと言にずしりとした重みが加わる。/そして吉之助がひと言を発すれば誰もわけを問おうとはしない〉。覚悟をもって正しい道を踏み行い、強さと同時に優しさも知る若者だった。

 やがて、家中の争いなどは些事だとして、日本の国難にあたり人柱になろうという斉彬の覚悟に胸を突かれた吉之助は股肱の臣となっていく。ところが斉彬が急逝してしまい、失意の吉之助は奄美大島で見る景色が変わる回心の機会に遭遇する。斉彬はわが国一国のことだけを考えていたのではなく、世界に対峙する国づくりを視野に入れていたと感得したのだ。

〈吉之助の胸に、孔孟の教えのままに、古代の聖王の堯や舜が治めたような道義に基づく国を造りたいという思いが湧いた〉。胸に去来したのは〈(力により、弱き者を虐げる異国は不義の国じゃ。わが国は道義の国でなけりゃ、ならん。さもなければ異国に負けるとじゃ)〉という思い。

 ああ、そうかとその志がこちらの胸に落ちる、説得力を持つクライマックスシーンだ。葉室さんが見据えていた西郷の核はこれなのだろう。こう思い至ることになる吉之助だからこそ、「正義の戦い」を誓い合った大久保一蔵との間にきしみが徐々に醸されていく。

 奄美大島への島流しを前に、諸藩工作の最大の武器だった人脈を悪びれることもなく教えろと要求する一蔵と、寂寥を感じながらも率直に明かす吉之助。打算によってつながる久光と一蔵に対し、斉彬と吉之助の心情が通った交わり。いったん決めたことに関しては聞く耳持たない一蔵の鋼のような強さと、それを案じる吉之助の優しさ――。将来の訣別の予感を吉之助に語らせてもいる。

 この国づくりの展望は、本書に続く『天翔ける』(一七年十二月刊)でも引き継がれていく。幕末四賢侯の一人、松平春嶽を描く物語である。『大獄』にも〈強国を目指すのではなく、仁義の大道を世界に広める国になるべきだ〉とその一端が紹介されているが、『天翔ける』では、春嶽が登用した横井小楠が唱えたその説が詳細に解かれていく。技術を取り入れ経済的進歩を遂げるばかりでなく、〈儒教を極め、道義国家を造り上げようというのだ〉。さらに、明治になってからの勝海舟のこんな言葉を紹介している。

〈横井の思想を西郷の手で行われたら、もはやそれまでだと心配していた〉

 残念ながら横井は春嶽のもとを去らざるを得なくなり、西郷も大久保とたもとを分かち西南戦争で没する。

 日本は富国強兵、経済成長一辺倒で突き進んだ。道義は顧みられなかった。我々にとって、大切なのはなんといっても経済成長だった。そして現在、地球環境を搾取しすぎた資本主義は存続の危機を迎えている。世界はデマゴーグ(扇動政治家)であふれている。このままでは到底人類が立ちゆかない。その時、立ち返るべきポイントを葉室さんはこの二作で示しているように思う。地球環境の危機を訴えるスウェーデンの環境活動家、グレタ・トゥーンベリさんや、脱成長経済を提唱する大阪市立大学准教授の斎藤幸平さんら、今、従来の資本主義に待ったをかける議論が盛んだ。葉室さんがいたら、この議論に有益な視点を加えることができたのではないか。

文春文庫
大獄
西郷青嵐賦
葉室麟

定価:737円(税込)発売日:2020年12月08日

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