続いて江戸期以降の物語を。
着眼点の鋭さに感心したのが、永井紗耶子『商う狼 江戸商人杉本茂十郎』である。飛脚問屋に養子に入った杉本茂十郎は、その才智で商人たちの揉め事を次々と解決し、のし上がっていく。文化四年の永代橋崩落を機に設立された三橋(さんきょう)会所の頭取まで上り詰めるが、その頃から状況が変わって……。
永代橋崩落の犠牲者の中に茂十郎の妻子がいたという設定が上手い。痛快な頭脳戦の前半から一転、暗雲が立ち込める後半。政治と経済の関係を鋭く抉った江戸経済小説である。
松井今朝子『江戸の夢びらき』は、江戸時代初期に一世を風靡した初代市川團十郎とその名を継いだ息子を、妻であり母である恵以の目を通して描いた物語である。今に伝わる歌舞伎の誕生秘話が満載でわくわくするとともに、社会に何か事あらばエンターテインメントの世界が真っ先に影響を受ける描写は、まるで今年の出来事を見ているかのようだ。
浅田次郎『流人道中記』は罪人を津軽まで押送する若き役人の物語。ところがこの罪人は身分のある旗本で、一筋縄ではいかない。行く先々で厄介ごとに首を突っ込み、人助けをする。それを見ているうちに、本当に彼は罪人なのかと役人の心に疑問が芽生える。コミカルなエンタメに見せて、法とは何かを鋭く問いかける物語である。
浮穴みみ『楡の墓』は、幕末から明治にかけての札幌を舞台にした短編集だ。厳しい開拓の様子に始まり、最終話は札幌農学校開設にまつわる物語。江戸とも京とも、他のどの都市とも異なる歴史に瞠目した。新時代の波に飲まれ、政治の潮に翻弄されながらも、今日より少しでもいい明日を夢見た人々が描かれる。同時期の函館を描いた『鳳凰の船』と併せて読まれたい。
最後は近代から。村山由佳『風よ あらしよ』は、婦人解放運動家・伊藤野枝の一代記である。生涯で三人の男と結婚し七人の子を産み、関東大震災後に憲兵隊により虐殺された。わずか二十八年の生涯である。野放図で、女性の人権などない時代に男を踏み台にし、世の良妻賢母像を蹴散らして心の赴くままに生きる野枝。その危うさと痛快さが濃密にページから立ちのぼる。彼女の強さはどこから来るのか、彼女が目指したものは何なのか。今こそ読みたい一冊だ。
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『李王家の縁談』林真理子・著
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