一九八〇年代半ば。全国の公立中学校は校内暴力の嵐が吹き荒れた。教師が振るう生徒への体罰、生徒から教師への暴力、生徒間の苛烈ないじめ、それらを犯罪として扱おうという声もなく、暴力のほとんどは黙認されていたようなものだった。
当時のことをヤンキーツッパリ文化として賛美し面白おかしく語る娯楽作品は量産されてきたが、どれも都合良く過去を美化し懐かしんでいるように思え、好きになれなかった。
『インフルエンス』は、六〇年代後半に生まれ、八〇年代半ばに中学生になった三人の少女たちのサスペンスストーリーだ。ひとりがひとりを守るために殺人を犯し、ひとりがそれを庇うことをきっかけに、誰にも言えない秘密を重ねていくことになる。そして大人に成長してからもまた……。
荒唐無稽な不連続殺人事件であるにもかかわらず、違和感なくどんどん読み進めていけるのは、ストーリー構成の緻密さと、退屈させない仕掛けとリーダビリティに加え、彼女たちが起こす事件の動機に深くかかわる団地や中学校などの背景描写が真に迫っているからだろう。
三人の少女は団地で暮らしている。似たような生活レベルの家族たちが入居し、互いを引き比べて競い争うこともなく、のんびりとぬるま湯につかるように生きていける世界。二人はそこで生まれ、ひとりは離婚した母親とともに東京から引っ越してくる。たったそれだけでも異質に映るほど均質化した共同体の中で、ひとりの少女がひそかに暴力を受ける。気配を感じた大人たちは事件として表沙汰にするよりも、見殺しにして平和を維持することを選んでしまう。それがその後何重にも彼女を苦しめ、訳も分からず見過ごす側に回った少女にまで波及し、その後に起きる悲劇の発端となっていく。
少女たちが進学する地元の公立中学校では、狂気じみた暴力が横行する。教師たちが生徒の狂気に翻弄されているさなかに、男子生徒がふざけてダウン症の女子生徒を嬲り殺してしまう。その後は体罰を是とする教師たちがすべてを制圧する。暴力にはさらに強大な暴力でしか勝てないとでも言わんばかりに。
創作だからと思う読者もいらっしゃるかもしれない。しかしこれが当時の荒れていた公立中学の「普通の情景」だったのだ。私は団地で育ち、市内でも最悪とささやかれていた中学校で三年を過ごしたので、『インフルエンス』を読むと、当時の記憶が感覚的に蘇ってきて息苦しくなる。これまで鑑賞してきた当時を描いたどんな作品よりも、私が通った教室の雰囲気が再現されているからだ。控えめな筆致で、具体的な風俗などの記述もほとんどないのに、起きていたことの異常さがよく伝わって来て、自分の中学でも殺人事件が起きても全然おかしくなかったような気すらしてくる。小説の舞台に選んでくださったことに、深い感謝を捧げたい。
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