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やむにやまれぬ記者魂

やむにやまれぬ記者魂

文:田村 秀男 (産経新聞特別記者)

『メディアの闇 「安倍官邸 VS.NHK」森友取材全真相』(相澤 冬樹)

出典 : #文春文庫
ジャンル : #ノンフィクション

『メディアの闇 「安倍官邸 VS.NHK」森友取材全真相』(相澤 冬樹)

 その呪縛から解き放つためには、政策判断の誤りを虚心坦懐に認め、改め、失敗を繰り返さないという最低限の「義」の精神に、世論が目覚めるしかない。だからジャーナリズムは「義」で通さなければならないはずだ。

 いや、取材は愛。そのほうがとてつもないジャーナリズムの威力をつくりだす。相澤NHKチームの現場取材の裏取りの緻密さ、丹念さ、忍耐強さの数々には瞠目させられる。取材はときとして相手を傷つける非情さを伴うのだが、相澤記者は取材先が口を開くまで待ち、フォローも忘れない。手柄を焦らず、他社に飛ばし記事で先行されても、冷静沈着に、欠けたジグソーパズルの空白を埋めるかのような完全報道に徹する。同僚を信頼し、かつ、激務の先頭に立つ。うーん、すごい。

 経済記者一筋の筆者自身はどうだったのか。

 社会部取材を本格的に体験したことは一度もないが、共感と同時に身につまされる個所が本書にいくらでも出てくる。筆者は2006年12月に産経新聞に移るまで、1970年から日本経済新聞に在籍した。いくつかのほろ苦い体験を挙げてみる。

・1970年代後半、日米関係を揺るがしかねない米国製原発プラントの発注キャンセルの極秘情報を得て、さっそく当該電力会社首脳宅に夜討ちをかけたら、初対面ながら酔った相手からすべてを聞き出し、原稿を書き上げたが、首脳のスタッフから業界の根回しが済むまでどうか待ってくれと懇願されてほだされてしまった。記事化までの猶予期間中には、「お互い約束は守るだろうな」という相互監視の意味をかねてこのスタッフと毎晩飲み歩いていたら、断片的情報が他紙にぼつぼつと出てしまい、活字になったときにはスクープ価値が色あせてしまった。

・80年代初め、取材攻勢に根負けした日銀幹部が肯定したと判断して公定歩合引き下げを報じたら、実現までに半年かかった。裏取り不足だ。情けない思いは消えない。

・ワシントン特派員時代、1985年9月のプラザ合意後のドル不安に際し、米金融当局幹部に日本人記者でただひとり食い込んだ。リーク情報通り対日金融緩和要求の内容を朝刊一面トップ記事で連発する。日銀にとっては寝耳に水だったが、結局は筆者特電通りの金融緩和を余儀なくされる。記者としてはしてやったりだが、米国金融当局のお先棒を担いだだけだったと、今でも内心忸怩たる思いだ。日銀は過度な金融緩和を長引かせてしまい、資産バブルを招く要因となった。そこまで見通せなくても、なぜ他国のための金融緩和の不条理さにスポットを当てなかったのか。

文春文庫
メディアの闇
「安倍官邸 VS.NHK」森友取材全真相
相澤冬樹

定価:957円(税込)発売日:2021年01月04日

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