「NEWS RAP JAPAN」の楽屋で博士にこの話をしたら「ううむ、その手の案件は全部僕が引き受けていたはずだけど……」と言っていた。
「NEWS RAP JAPAN」が盛り上がり、盛況のお祝い会が開かれた時、プチ鹿島から「それだけ喋れるなら事務所とか入って仕事もらったらどうです?」と聞かれた。僕はそういう発想があったか! と思ったが「鹿島さん、そうは言ってもどうして良いかもわからないです……」と正直に答えた。すると「じゃあ、うちの事務所なんて良いんじゃないですか?」と言う。同行していたNマネージャーも「うちなら相談乗れると思います」と言ってくれた。1ヶ月ほどしてから僕は事務所側と面談してすんなりと入所が決まった。担当はプチ鹿島と同じNマネージャー、そのNは水道橋博士も担当していた。入所が決まった挨拶を博士にメールしたら数日後に博士のツイッターが更新された。なんと僕が送った手紙とデモテープを棚の中から発見したと言うのだ。20年前に送ったデモテープの返事がやっと来たんだ。これは僕が「キッズ・リターン」のテーマ曲に勝手にラップを乗っけた曲の歌い出しだ。「彼方からの手紙」、これはスチャダラパーの名曲だが、僕が過去に送った手紙がちゃんと届いた! 「劇場版ヴァイオレット・エヴァーガーデン」が大ヒットを展開中の今、この原稿を書いていることともしっかり韻を踏んでくるあたりも流石だ。
僕の在所期間は半年ほどの短いものだったが、その間に博士の紹介でビートたけしと会うことが出来た。僕はヒップホップイベントで司会する時は「Bring the beat!」という掛け声を使っている。DJに対してビートを持ってこい! と煽ってるわけだが、ついにビートたけしが出てきてしまった。この時の経験は人生でも幾つもない素晴らしいものだった。赤坂のTBS、土曜日の夜。水道橋博士に入り口での待ち合わせを指定されて向かったのだが、この日、何度も通っていたはずのスタジオに行く道で迷ってしまった。TBSに行ったことがある人なら分かると思うのだが、駅からほぼ直通で迷う余地はない。ところがこの日、僕は全く違う出口から降りてしまい、赤坂をグルグル歩き回るはめになった。どれだけ緊張していたのか。ハアハア息を切らしながら遅れを詫びると博士は「たけしさんに会う時はみんなそうなんだよ」と意外そうな顔すらしなかった。ビルに入ってTBSテレビの階へ。ビートたけし様と書かれた楽屋は入り口の先で左右二つの部屋に分かれていた。左はスタッフ、軍団員らの部屋、右が御大専用の部屋だ。博士は右側の部屋の入り口で一度立ち止まって手で僕を制止した。「まだだ」。この時も博士はボンドのごとし。空気の動きすら読み、わずかな気配も逃さない態度で構えていた。「いまだ!」博士はそう言うと部屋に飛び込み声を発した。「殿、ラッパーを連れてきました」。
目の前にビートたけしがいた。この時僕に起こったことをどう表現したら良いのか? いつも迷う。明らかに空間がねじれた。グニャリという音が聞こえた気もした。立っているのが難しい感覚。床も天井も壁もグルグルと回った。実は……僕が脳梗塞で倒れた時の感覚に近かった気もする。脳に異常が生じたのだろう。異空間に放り込まれたまま時間が過ぎていく。「まあ、座んなよ」と勧められるままに椅子に座る。ここで気づいたのだが、かなりの人数が周りにいるにも関わらず誰も座っていない! 水道橋博士に至っては後ろ手を組んで直立不動の姿勢だ。これはやってしまったのか? 混乱の最中、いつの間にか目の前にビートたけしが座っている。この部屋で座っているのは二人だけ。後はみんな立っている。椅子、たくさんあるのに! この時、ビートたけしが「おい、水道橋~、確か、前にラップのネタ作ったよな~」と言ってから自民党、公明党、共産党と政党名で韻を踏んでいくラップを披露したのだ! しかし……この時は僕も異次元空間に放り込まれたような気分だったので……「たけしさん、それならこう続けられます!」と言ってから「かつては良しだ(吉田)とされてた岸から飛び込む、倒れぬ幹(三木)、殺到(佐藤)する状況にあっそう(麻生)じゃない、脈打つ心臓(晋三)」とラップを返してしまった。部屋は静まりかえった。しかし、その直後「ラップか~……そうだな」と言ってからここでは敢えて書かない凄まじいラップを活用したアイディアをビートたけしが語り出したのだ。これは現実なのか? 水道橋博士は続いてこう言った。「殿、このダースレイダー 、病気で余命1年なんです!」いや、それは盛りすぎだ。僕は確かに40歳のとき、内科医に腎臓が悪化していて既に脳梗塞も経験しているためにレッドゾーンにいる。このまま何も手を打たなければ後5年の命ですよ、と告げられている。これを書いている今、現在43歳で後2年だ。ところがこれを聞いたビートたけしは特に表情を変える事もなく僕の方を向いてこう言った。「ま、俺と付き合ったら絶対死なねえからさ」。心臓のビートが高鳴り、そしてまたグニャリと空間がねじれた気がした。
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