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『藝人春秋』はエネルギーの塊である。

『藝人春秋』はエネルギーの塊である。

文:ダースレイダー (ラッパー)

『藝人春秋2』(水道橋博士)

出典 : #文春文庫
ジャンル : #随筆・エッセイ

『藝人春秋2』(水道橋博士)

 そんな博士の覚悟が芸能界からの削除を恐れず、高い確度で鋭い角度から見て取れるアクションは……本書の冒頭、橋下徹の章で否認と解任→避妊と懐妊という形で現れる。その後もこうした言葉の音合わせによる韻は執拗なまでに踏まれていくのだが、実は博士の韻踏みはこうした字義通りのものに留まらない。芸能界というカオスの中で生じる様々な事象の中に「同じ音」を聞き出し、それを文章で捉え、並べることでリズムと意味が生まれるのだ。ただ一人、『藝人春秋』シリーズに連続登場する三又又三の章を読み返していた時、TBSラジオでは「ジェーン・スー生活は踊る」のメインパーソナリティー、ジェーン・スーが夏休みで、フリーアナウンサーの南部広美が代打を務めていた。この時のパートナーは小笠原亘。二人は岩手県出身で番組でも岩手話で盛り上がっていた。この時、僕は何気なく博士の文章を追っていたが……三又又三が「あまちゃん」に登場するシーンでテロップの「岩手県出身──」まで捕捉していた、という記述がピタッと頭の中で合致した。韻が踏まれた瞬間を、まさに体感したのだ。これはただの偶然なのか? だが、しかし丹念に調べあげ、ディテールまで描写するという博士の手法があったからこそ「韻」が踏まれたのだ。そして韻が踏まれることで三又又三の章の立体感が更に増したのだ。ちなみにこの章でも阿川佐和子の聞く力と三又又三の押す力という言葉の韻も見事に決まる。この後、タマげた話で本書のまさかの“ゴールデン”タイムへと突入、玉磨かざれば光なし、玉虫色と韻が決まり続け、松本人志の名作コント「ZURU ZURU」のところでスネアドラムがパーンと鳴るような驚きと笑いが訪れる。

「赤いポルシェ」というリズムに乗ってリリー・フランキー、松田美由紀からビートたけしへと繫がる展開もラップの名曲をDJが次々とミックスするのを聴いているような鮮やかさ。ヒップホップのDJのテクニックには似たテーマやリズムの曲を矢継ぎ早に繫いでいくクイックミックスというものがあるが、これを文章で再現している感覚。ラブドールが横付けしてきて「馬鹿にしないでよ!」とこっちに向かって叫んできたような読後感を味わえる。

 特に本書で驚嘆すべき圧巻の展開を見せるのはむすこ/むすめという韻が紡ぎ出す物語だろう。僕は言葉はただの箱であり、問題は中身であると考えている。「むすこ」「むすめ」という箱には様々な中身が入り得るし、そうした中身、本書の場合はさんま、はかせ、たけし、藤圭子と連なっていくのだが、同じ形をした「むすこ」「むすめ」という箱として連続でリズムに乗っけられて運ばれていく。リズムに導かれて辿り着いた先で僕に沸き起こったあの感情は読書体験、リズム体験として至上のものだったと言える。それは『藝人春秋』という本を閉じたその先まで連れて行ってくれるのだ。それぞれはバラバラで起こっている事象であっても、そこに「同じ音」を見出しリズムに乗せることで、僕らはまた一瞬の星座を見ることが出来るのだ。

 僕は2017年からAbema TVで「NEWS RAP JAPAN」という番組の司会を担当していた。ニュースをラップで紹介するコーナーやニュースネタを元にしたディベートラップバトルで構成されたバラエティー番組で、僕は企画段階でニュース解説者には社会学者の宮台真司と時事ネタ芸人プチ鹿島にオファーして欲しいと製作側に頼んでいた。ニュースをラップする、という馬鹿馬鹿しさに対して解説で超本格派を投入することでアクセスの容易さと高度な学びを両立出来ると思ったからだ。この時点で僕は解説の二人とは面識はなかった。番組はレギュラー放送され、回を重ねるごとに人気を増していく。ある回の収録の際、プチ鹿島がスケジュールの都合が合わず、代わりに同じ事務所の水道橋博士が解説役を務めてくれることになった。放送前の楽屋で博士と初めましての挨拶を交わした。この時、博士は自身が作成した水道橋博士年表を出演者全員に配り、丁寧に自己紹介し、本番ではあばれる君と丁々発止の即興掛け合いを見せて番組を盛り上げてくれた。

 水道橋博士年表の緻密で微に入り細を穿つ作りは恐ろしいほどの出来栄えで、しかも博士はこの時期、様々な人物の年表作りにも挑戦していた。この姿勢が結集して結晶化したのが『藝人春秋』なのは言うまでもないが……会うのはこの日が初めてだったが、実は僕は以前一方的に浅草キッドに手紙を送っていたのだ。

 僕がラッパーとしてグループでデビューしたのは2000年。その時、既にジブラ、ライムスターら先輩は大活躍していた。グループとしてはavexからのメジャーリリースもしたが同時にソロ活動も考えていた。このままヒップホップ業界の新参者としてキャリアを積んでいても数多いる格好良いラッパーたちと勝負出来るのか? そう思っていた時期、ある雑誌に掲載されていた浅草キッドのインタビューを読んだ。面白いやつはうちの事務所に来い! そんなメッセージが載っていた。これだ! 僕は勝手に確信し、オフィス北野宛に手紙とデモテープを送ったのだ。自分は面白いことをやっている! と若者の無根拠な自信に溢れていた当時、案外拾ってもらえるのでは? と思い込んでいた。だが、その時オフィス北野からの返事はなかった。

文春文庫
藝人春秋2
ハカセより愛をこめて
水道橋博士

定価:935円(税込)発売日:2021年02月09日

文春文庫
藝人春秋
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定価:792円(税込)発売日:2015年04月10日

文春文庫
藝人春秋3
死ぬのは奴らだ
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定価:935円(税込)発売日:2021年03月09日

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