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ジョン・フォード論 終章 フォードを論じ終えぬために

ジョン・フォード論 終章 フォードを論じ終えぬために

文:蓮實 重彦

文學界4月号

出典 : #文學界

「文學界 4月号」(文藝春秋 編)

 実際、メアリーの父親は、ウォール・ストリートでたっぷりと儲けた金満家なのだが、そのときのジョン・フォードといえば、ハリー・ケリー Harry Carey 主演の西部劇で活劇監督としての名声はほぼ確立していたものの、その初期の代表作ともいうべき『アイアン・ホース』(The Iron Horse, 1924)さえまだ撮ってはいない。だから、ダン・フォードは、「自ら認めるはずもなかったが、メアリーは彼の結婚相手としては身分不相応だった」(同前)と書いているのである。

 だからというわけではあるまいが、ここで、前記の『ジョン・フォード』の著者のスピトルズが、こうも書きついでいたことを想起しておきたい。「とはいえ、彼(=フォード)は、複数の婚外の密通をほしいままにしていたと疑われている。そのキャサリン・ヘップバーン Katharine Hepburn との関係は神秘にとざされており、しかるべき数の同時代人は性的な関係があったといっているし、ほかの人びとによれば、それは純粋にプラトニックなものだとされている。その後には、モーリン・オハラ Maureen O’Hara を巻き込んだ類似の噂も存在していた。これらのケースにおいては、何ひとつとして実証されたものでない」(同前)。それに加えて、彼は、1957年の韓国への旅行のおりに、同国の女優へラン・ムン Heran Moon(註1)と関係を持ったという挿話まで書き加えられているのである。


(註1)ここで問題となっている韓国女性は、正式には文惠蘭문혜란という名前の新進女優である。彼女は朝鮮半島の北部の生まれで、朝鮮戦争中に韓国に移住してソウルに住みつき、1958年に映画デビューを果たしたという。彼女の名前の正式の英文の綴りは Moon Hye-ran となり、スピトルズによる表記は正しくない。なお、ジョン・フォードが彼女に出会ったのも、著者スピトルズの書いているように1957年ではなく、1959年5月のことである。より正確には、4月30日から5月9日までフォードは韓国に滞在して《People to People》という国防総省提供のシリーズの一篇として、『韓国――自由のための戦場』(Kim Ji-mi, Choi Mu-ryong, Korea-Battleground for Liberty, 1959)をプロデュースするためだったという。その作品は韓国人の監督二人によって撮られたもので、フォードの名前はクレジットされていない。

 Moon Hye-ranはフォードの歓迎パーティで彼と出会い、ひどく気に入られたようで、彼女自身は電話番号など渡していないのに、翌朝フォードから電話がかかってきたという。彼女は英語が得意だったので、通訳のような仕事でフォードに協力したらしい。以後、二人は文通しあう仲となったという。さらに、『映画ファン』と訳しうる映画雑誌の1960年3月号に『文惠蘭嬢を通して見た名匠ジョン・フォード監督』という記事が載っており、そこには、眼鏡をとって相手の顔の間近まで屈みこんだジョン・フォードが、彼女の唇にルージュを塗っている写真など数枚掲載されているから、かなりきわどい関係だったと想像される。なお、当時は映画館で本編の前に上映されていた「大韓ニュース」には、フォードのかたわらにいる文惠蘭の姿が映っている。

 その後、彼女はどうやら合衆国に移住したらしい。1963年のサンフランシスコ映画祭に、彼女も出演している『誤發彈』(Yu Hyun-mok, Obaltan, 1961)が出品されたときが、彼女のことが話題となる最後だったという。以上の註の執筆にあたって、韓国の映画評論家のLim Jae-Cheol氏から提供された膨大な資料――視覚的なものも含む――を参考にさせていただいた。『韓国――自由のための戦場』の映像のコピーまでお送り下さったLim Jae-Cheol氏の友情にみちたご助力には、深甚の感謝を捧げさせていただく。

 

この続きは、「文學界」4月号に全文掲載されています。

文學界(2021年4月号)

 

文藝春秋

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