特集

スパイの妻は不時着の時を待つ――『愛の不時着』と『スパイの妻』

文: 廣瀬 純

文學界11月号

「文學界 11月号」(文藝春秋 編)

運命としての不時着

 韓国ドラマ『愛の不時着』(イ・ジョンヒョ監督/パク・ジウン脚本)は「出来事」の発生を問う作品であり、その出発点にはエピクロスやルクレティウスのそれのような宇宙観がある。原初状態においては、宇宙を構成するすべての原子は垂直に自由落下しており、それらの運動は互いに平行で交わらないが、しかし、原子が垂直性から逸脱する場合があり、ひとつの原子が自分の軌道を傾かせて別の原子に出会うと、後者の原子も垂直落下を維持できなくなり、最終的には平行性全体が崩壊し、すべての原子がそれぞれ様々な他の原子と出会うことになる。この宇宙観において「出来事」とは、最初の原子が経験する軌道の傾きのことであり、ルクレティウスはこれを「クリナーメン」と呼んだ(アルチュセールが指摘するように、ルソーの社会契約論にも同様の宇宙観が見出せる)。クリナーメンとしての出来事が、休戦状態であるとはいえ今日もなお戦時下にある朝鮮半島で制作されたドラマにおいて問題にされているのは必然だと言っていい。軍事境界線は二つの集団の各々に自由落下を強いており、それらの集団に平行線を辿らせている。朝鮮半島の住民にとってクリナーメンの問題がどれほど日常的なものであるかを想像するのに、離散家族の存在を想起するまでもないだろう。

 財閥令嬢で自身もファッション・ブランドを経営し成功を収めている韓国人女性ユン・セリは、パラグライダーで飛行中に竜巻に巻き込まれて軍事境界線を越え、不時着した地で北朝鮮の軍人リ・ジョンヒョクと出会う。このクリナーメンからドラマ(全一六話)は始まる。ただし、エピクロスやルクレティウスが“落下”のそれとして論じていた垂直運動は、ここではむしろ“上昇”のそれとして示される。パラグライダー飛行による物理的な上昇運動が、引退する父からその後継者に指名されるというヒロインの社会的な上昇運動に直ちに重ね合わされる(映像内に示される前者の運動が、ユン・セリ自身の台詞によって後者の運動に翻訳される)。同様の上昇運動はリ・ジョンヒョクの側にも見出される。彼の敵役であるチョ・チョルガンは、その最初の登場シーンで、朝鮮人民軍最高幹部を父にもつリ・ジョンヒョクが今後辿るであろう「土台」(身分)の上昇運動を苦々しく語る。要するに、『愛の不時着』において原初状態として想定されているのは、軍事境界線によって隔てられ、かつ、各々垂直な上昇運動におかれた男女のその平行関係であり、そこにクリナーメンとしての不時着が生起するのだ(不時着は傾きであるのと同時に“下降”である。傾きは垂直性からの逸脱だが、下降は上昇からの逸脱だ。ユン・セリは、韓国から北朝鮮へと逸脱するのと同時に、セレブ文化から庶民文化へと逸脱する)。

文學界 11月号

2020年11月号 / 10月7日発売
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