感心したのは新幹線内でオナニーしたデーブ・スペクターがそれを追及されても否定するのではなく「エキ(駅)を飛ばしていた」とジョークで返したこと。さすがだ。ちなみに筆者はそんなデーブが絶句する瞬間を目撃したことがある。テレビ番組で田原総一朗に「ブッシュ大統領(当時在任中)って知ってる?」と言われた時だ。あれほど当意即妙のデーブが返す言葉が見つからず口がアウアウしていた。田原総一朗恐るべし。
博士が愛読する開高健の『オーパ!』シリーズに登場する怪魚ならぬ怪人大行進は誰が読んでも抱腹絶倒だろう。さらに博士は、まるで執念のように、すべてのセンテンスにネタを詰め込んでくる。たとえば小倉智昭の項では、「毛並みの良さ」「毛を以って馬を相すことなかれ」「頭を悩ませた」「生え抜き」「ツルッとすべり落ち」「吠えヅラをかかされた」「すべり止め」「二毛作」などなど、頭髪に関するありとあらゆる慣用句が駆使される。
凝りすぎてのことも多い。寺門ジモンに「何があったの、ジモンさん!」と尋ねるのは、アメリカの黒人歌手ニーナ・シモンについてのドキュメンタリー『ニーナ・シモン 魂の歌』の原題「なにがあったのシモンさん」のダジャレ。誰にもわからないよ!
しかし、ダジャレとは音韻だ。漫才師である博士の文体は、文節や語尾が緻密に精査されて、軽快なリズムを刻み、たえず韻を踏む。音韻だけでなく、内容の韻も踏む。つまり音楽のように、モチーフやテーマが繰り返される。
たとえば、『藝人春秋2』のタモリの財布を拾った話は、本書のエピローグの「芝浜」で回収される。「芝浜」は財布を拾った男と妻の人情噺なのだ。それを立川談志が亡くなる前に泰葉のためだけに演じて「落語心中」して泣かせる。
三谷幸喜の項で、彼が博士とふたりで井筒監督を挟撃するテネットなシーンは爆笑だが、それは新幹線のなかで石原慎太郎が長男・伸晃と二人で大橋巨泉を「殴るつもりで」挟み撃ちにしようとしたことにつながる。
石原自身が自分のマッチョぶりを誇示するために書いたこの話について、博士はボソっと「ひとりでやれば良いのに……」とつぶやく。
博士は石原慎太郎ウォッチャーだ。本書は『藝人春秋』と題されながら、なぜか石原の他、橋下徹、猪瀬直樹という3人の政治家が登場する。博士は普段からこの3人に積極的に関わっていく。博士に「よくやるねえ。あんなにエラそうな奴らと話してるとムカっとこない? 人をいきなり『オマエ』呼ばわりするでしょ?」と言うと、「いや、それが面白いじゃないですか」と答えた。
奴らがいい気になって威張り散らすのを笑顔で聞きながら、博士は観察者の眼をしている。一瞬のスキも見逃さない。いや、こういう威張り屋たちはスキだらけなのだが、世間はなぜかそこを突かない。
石原から犬のように「シッシッ!」と追い払われた博士は堪忍袋の緒を切らせて、誰も問題にしなかった石原慎太郎の矛盾点を突く。三浦雄一郎問題だ。
かつて自民党が参議院にスキーヤーの三浦雄一郎を擁立しようとしたが、三浦はノイローゼで出馬断念した。慎太郎は三浦の「病状」を繰り返し書いている。三浦が石原を罵倒する手紙の束を田中角栄に送りつけたとか、自分の演説会が行われる広場にテントを張ってキュウリを齧っていたとか。
しかし、博士は三浦が立候補を取りやめるためにノイローゼを詐病したという三浦本人の証言を発見する。
石原と三浦、どちらかが噓をついている!
博士は、このミステリーの真相をつきとめるため、『藝人春秋2』の単行本化を何年も遅らせてしまう。だが、ついに三浦本人に確かめる。いまどき、ルポライターにも珍しい、この執念!
その結果、博士は、三浦から手紙もテントもキュウリも事実無根だという言質を得る。しかし、それにどんな意味が? 江藤淳いわく「無意識過剰」の石原慎太郎の言うことには信用がおけない、という事実の証拠である。
博士が正しいことは、既に証明されている。2017年3月、築地市場の豊洲移転を決めた責任を問われた元東京都知事、石原慎太郎氏は、「2年前に軽い脳梗塞を患った」ため、「脳梗塞の後遺症で平仮名すらも忘れました」と語って、明確な証言をせず、責任を逃れた。脳梗塞で倒れた一年後に、田中角栄について書いた『天才』を出版しているのに!
では、政界を引退し、88歳になる石原慎太郎のいいかげんさを今、告発することに何の意味があるのか? 慎太郎的なるものは今も橋下徹として生きている。博士は言う。「橋下は慎太郎の精神的息子だ」
『藝人春秋2』の最初のターゲットは橋下徹だ。
2013年6月、博士は橋下と対決する。テレビ大阪『たかじんNOマネー』生放送中、橋下大阪市長(当時)の「小銭稼ぎのコメンテーター」という発言に腹を立て、3年間のレギュラーを降板してしまったのだ。
博士としてみれば、2003年に「小銭稼ぎのコメンテーター」だった橋下が『サンデー・ジャポン』生放送中に降板した時のマネをしたのだ。博士独特の「行動の韻を踏む」パーフォーマンスだったのだが、橋下本人を含め、誰にも伝わらず、雪崩並にスベった。
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