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自分のことをエライと思ったら人はもうバカなのだ

自分のことをエライと思ったら人はもうバカなのだ

文:町山 智浩 (映画評論家)

『藝人春秋3』(水道橋博士)

出典 : #文春文庫
ジャンル : #随筆・エッセイ

『藝人春秋3』(水道橋博士)

 それは哀れな道化に見えたかもしれない。だが、本書ではそれも伏線にすぎない。

「橋下徹と黒幕」で、博士はあの降板の真意を明かす。本当は『たかじんNOマネー』という番組そのものへの抗議だったと。

 その日の特集は「橋下市長の慰安婦発言」だった。ぶら下がり取材で、第二次世界大戦中の日本軍の兵士のための慰安婦制度は必要だった、と発言し、市長として問題あり、と猛批判を呼んだ。すると、『たかじんNOマネー』は番組のメール会員8500人に「橋下発言は問題かどうか」アンケートを行った。『たかじんNOマネー』には橋下だけでなく、『たかじんのそこまで言って委員会』からの右派論客が多く出演していた。当然、アンケートの結果は「問題なし」が圧倒的多数。

 そして、『たかじんNOマネー』で、アンケート結果を市民による信任投票として、橋下徹が自分の発言に問題はない、と主張した。これは特定の政治家のために世論を形成しようとするプロパガンダ放送だ。博士は怒り、その表明として降板したのだと明かされる。全然伝わらなかったけど。

 だが、その橋下すら、本書におけるラスボスではなかった。007の敵ドクター・ノオ、ゴールドフィンガーの背後に世界征服を企むスペクターの首領ブロフェルドがいたように、橋下市長と維新ブームの裏には『たかじんNOマネー』『たかじんのそこまで言って委員会』の制作会社ボーイズの代表、Aがいたのだ。

 初期の007におけるブロフェルドのように、けっして表には顔を見せないAが、雨が叩きつける窓を見ながら「僕はねー、いっそのこと、この大阪を全部壊したいんですよぉ!」と呟く場面では、雷鳴が轟き、稲妻が光って一瞬、Aの狂気の微笑みが見えたような気がした。

 ボーイズは東京に進出し、大阪で維新ブームを起こしたノウハウを使ってニュース・バラエティ番組『ニュース女子』を開始する。スポンサーは、先日も会長のコリアン系日本人差別文書で問題になったDHC。沖縄基地への反対運動が金で買われている等の事実に基づかない報道をしたとしてBPOで審議された。また、文中にある「『ニュース女子』と同一のスタッフが作るDHC後援のオピニオン番組」というのはネット番組『真相深入り! 虎ノ門ニュース』。百田尚樹、竹田恒泰などの右派論客がレギュラーを務めている。

 ボーイズは日本の右派オピニオンを作っている。しかし表立って批判するのは博士だけだ。

 アメリカのドラマ『ザ・ボーイズ』に似ている。スーパーヒーローが実在するアメリカが舞台で、ヒーローたちは治安や国防を担いながら、スターとしてテレビや映画に出演し、タレントとして商品を宣伝し、オピニオン・リーダーとして世論を導く。しかし、その正体は正義の味方とは遠い、アメリカの支配を企むファシストだ。彼らの野望を知る男たちは地下に潜り、レジスタンスとして孤独な闘いを始める。彼らの名は「ザ・ボーイズ」……あ、逆だ。

 博士のボーイズとの闘いはその後も続く。2014年に百田尚樹『殉愛』が幻冬舎から出版される。亡くなったやしきたかじんと未亡人(3番目の妻)の愛を描いたノンフィクションだが、すぐにたかじんの前の妻との娘から事実無根だと訴えられる。実は3番目の妻にはイタリア人の夫がいたことなど、『殉愛』が隠した事実が暴かれ、著者である百田が3番目の妻の一方的な言い分しか聞かなかったことが発覚した。3番目の妻はボーイズの役員に就任しており、『殉愛』は、たかじんの権利を彼女が独占することを正当化するために出版されたらしい。

 それに博士は嚙み付いた。ボーイズに? 百田に? いや、版元の幻冬舎の社長、見城徹に出版社としての倫理を問うたのだ。

 見城徹は『藝人春秋2』の隠れキャラだ。冒頭、週刊文春の担当編集者の目崎敬三が歯の浮くようなヨイショをするが、その軽薄極まりないキャラは、つかこうへいの『つかへい腹黒日記』に登場する角川書店の担当編集者、お調子者の見城徹のパロディなのだ。

 そんな見城は、2007年5月、水道橋博士と宮崎哲弥のトーク番組『博士も知らないニッポンのウラ』に出演した。彼は「売れるコンテンツ」の条件のひとつに「癒着がある」を挙げた。癒着、つまり作家たちとの豊富で強い人脈を武器に、見城は、自ら興した出版社「幻冬舎」を成功させた。だが、見城は癒着を出版から他のマスコミ、そして政治にまで広げていった。

 2015年、見城徹が安倍晋三総理大臣(当時)、それに秋元康と3人で並んでいる写真が流出した。3人は内閣の組閣発表時に大臣たちが総理公邸の階段に並んで撮る写真をマネしている。会食やゴルフを繰り返し、「アベ友」と呼ばれるほど親密な3人がふざけて撮った写真なのだが、メディアを通して世論を操る「影の内閣」のようにも見えてゾッとさせられる。

文春文庫
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定価:935円(税込)発売日:2021年03月09日

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