
人はなぜ依存症になるのか
人はなぜ、このように依存症になってしまうのだろうか。それは、人間というものは、依存症になりやすくできているからである。より正確に言えば、進化の過程で、依存症になりやすい遺伝的基盤を持っている人が生き残ってきたからである。
それをまず、二つのキーワードで解明したい。一つ目のキーワードは、「快」である。
人の生き残り戦略として、「快」の追求はとても重要なものである。たとえば、原始時代、エネルギーの豊富な炭水化物を多く摂取する人、たくさんセックスをして子孫を残した人は、当然のことながらその遺伝子を多く残すことができただろう。食が細く炭水化物を好まない人やセックスを好まない人は、遺伝子を残すことができずに滅びていったのだろう。
「炭水化物やセックスが嫌いな人なんているの?」「そんな人見たこともない」と思われるかもしれないが、それは当たり前である。そのような傾向を持った人は、進化の過程で淘汰されたので、身の回りにはあまりいないからだ。
次の章で詳しく述べるが、われわれの脳の中には、「快」に対して敏感に反応する回路、「快感回路」がある。つまり、「快」のための装置が生まれつき脳に備わっているということだ。
これは何も悪いことではない。われわれは、この装置のおかげで、さまざまなことから「快」と喜びを得て、快活で豊かな人生を送り、種としても繁栄することができるのだ。
しかし、ときにその装置が暴走して、「快」のためには、日常生活や人生などどうでもよいという状態にまでなってしまう。つまり、人間の生き残りを目的とした戦略としての「快」であったはずが、「快」そのものが目的化してしまうのだ。これが依存症である。
しかも、原始時代とは違って「快」をもたらす刺激にあふれている現代では、依存症の落とし穴はそこかしこに潜んでいて、過剰な「快」がそれに伴う「害」をもたらすようになってしまっている。
人間の生物学的な変化はゆっくりであっても、社会や環境の変化は、ここ数十年の間で急激に進んだ。手作りでビールやワインを醸造していた時代と違って、今は大工場で生産された膨大な量のアルコールが世界中に供給されている。不思議な作用を持つ野生の植物を儀式で使用していた昔とは違って、化学的に合成された強力な依存性のある薬物がインターネットで簡単に手に入る。
飽食の時代と言われ、食品ロスが問題となっている現代は、炭水化物が貴重であった時代とはまったく違う。人口爆発の時代を経て、今や性的パートナーを見つけることは原始の時代ほど難しくはないだろう。さらに、性が商品となり、繁華街やネット上には性風俗店や「出会い系サイト」など性的機会があふれている。
このように、「快」を追求するように生まれついた人々の子孫であるわれわれにとって、「快」を与える刺激が過剰なほどに提供される現代は、よほど気をつけていないと誰でも依存症になってしまう社会なのだと言える。
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