翌日、三人は張飛の家の裏にある桃園へゆきます。桃の花はいまが盛りと咲いています。そのなかで、劉備を兄、関羽を次兄、張飛を弟と定め、
「われら三人は心をひとつにして力を合わせ、国家の恩にむくい、民を安んじたい。三人はおなじ年月日に生まれてはいないが、死ぬときはおなじ日にしたい」
と、誓いをたてます。これは、
「桃園結義」
と、いい、ここから三人は運命をともにして、乱世を踏破してゆくのです。
ところで桃という花木は古代から邪気をはらう木であると信じられています。桃の花でかこまれたなかでたてられた誓いは、いかにも純美がきわだつではありませんか。小説の妙味はこういうところにあるといってよいでしょう。ちなみに、中華人民共和国を創建した毛沢東も『三国志演義』の愛読者でしたが、
「どちらかといえば『水滸伝』のほうが好きだ」
と、いったのは、三人の誓いのなかに、国家のために働くという趣意がふくまれていたからでしょう。革命家であった毛沢東はそこにひっかかりをおぼえたにちがいありません。
さて、劉備らは、桃園に集まってきた三百余人にさらに二百人がくわわったので、かれらを率いて郡府に出頭します。喜んだ太守は劉備の隊に黄巾の軍を迎え撃たせます。
ほどなく涿郡を侵すべく黄巾の軍がやってきました。五万という大軍です。迎え撃つ劉備の隊は五百という兵力にすぎません。両者は大興山麓で遭遇します。そのとき関羽と張飛の武勇はすさまじく、まず張飛が敵の副将を矛で刺殺し、ついで関羽が青竜偃月刀で主将を両断したのです。五万の敵軍は崩れに崩れ、劉備の隊は大勝を得て帰還しました。
太守が劉備らを大いにねぎらったことはいうまでもありません。
ところが翌日、太守のもとに急報がとどきました。青州では太守の城が黄巾の軍に囲まれて落城寸前であるというのです。それをきいた劉備は、もちまえの義侠心を発揮して、救援のために出発します。幽州が北方の州であれば、青州は東方の州です。南下した劉備らは青州に着きました。城はまだ落ちていません。城を囲んでいる黄巾の兵の多さをみた劉備は、
「まともに戦っては勝てない」
と、いい、策を立てます。敵兵を誘って、左右の伏兵で挟み撃つというものです。この策はみごとにあたり、黄巾の兵を蹴散らした劉備らは太守と城を救ったのです。
このあとも劉備らは黄巾の軍と戦うために各地を転戦します。
やがて太平道の教祖である張角が病死し、その弟である張宝と張梁も鎮討軍に討たれたので、乱はしずまります。
劉備はといえば、乱をしずめる武功が認められて、中山府安喜県の県尉に任命されました。県尉は県の武官の長です。ところが四か月もたたないうちに、武功によって地方官に任命された者は、審査によって罷免されることになりました。審査にやってきた監察官は質の悪い男で、暗に賂を要求し、劉備がそれをださないとわかると、無実の罪を衣せようとしました。怒った張飛はその監察官をつかまえて縛り、柳の枝で打ちすえました。それを知った劉備は、
──こうなっては、もはや安喜県にはとどまれない。
と、おもい、官を棄てて故郷へ帰ります。しかしそこも官憲の手がのびてきそうであったので、となりの代郡へ逃げました。だが、幽州牧の劉虞のはからいで、罪をゆるされます。ちなみに、州の長官は牧あるいは刺史といいます。州の下にいくつかの郡があり、その長官が太守です。さらにいえば、郡には多くの県が属していて、その長官を県令といいます。
劉虞はすぐれた人物で、劉備を官職につかせます。そのおかげで劉備は昇進をかさねて、青州平原県の県令になります。世が平穏であれば、劉備は県令から太守に昇るあたりで一生を終えたでしょう。しかし天下は戦乱の様相となります。
平原に公孫瓚(あざなは伯珪)がやってきました。かれは劉備の顔なじみです。劉備が盧植先生のもとで学問をしていたときの兄弟子です。旧交をあたためた劉備は、当然のことながら公孫瓚を助けることにします。
幽州の雄となった公孫瓚が、幽州の南の冀州の支配者となった袁紹(あざなは本初)と戦いをはじめたので、劉備は援軍として公孫瓚の陣営にはいります。そこで、ひとりの壮士をみつけるのです。
(「第一章 三国志演義の世界」より)
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