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青葉を振るわせ、風が吹いてくる

青葉を振るわせ、風が吹いてくる

文:島内 景二 (国文学者)

『影ぞ恋しき』(葉室 麟)

出典 : #文春文庫
ジャンル : #歴史・時代小説

『影ぞ恋しき』 上(葉室 麟)
『影ぞ恋しき』 下(葉室 麟)

「花や散るらん」。花は必ず散る。人は必ず死ぬ。花は、何を思って散るのか。来年の春には、花は再び開く。今年と同じ花ではないが、新しい花が咲いてくれる。人は死んだら蘇らない。けれども、子孫や読者たちが残り、亡き人を思い出したり、故人の残した書物を読めば、亡き人の「いのち」は消え失せることはない。

 だから、亡き人を思い出す人や、作品の読者がいる限り、その人の命は永遠である。雨宮蔵人も、咲弥も、蔵人のかけがえのない友も、彼らの「生と死」を描いた作者の葉室麟も、永遠である。されど、「影ぞ恋しき」。蔵人を、咲弥を、葉室を「恋し」と偲ぶ人は絶えることはない。だから、葉室文学は熱く読み継がれる。

 さて、和歌と武士道は結びついており、佐賀藩二代目藩主の鍋島光茂(みつしげ)は、京都の公家である三条西実教(さんじょうにしさねのり)から、『古今和歌集』の奥義である「古今伝授」を受けている。佐賀の光茂と、京都の実教の間を往復したのが、『葉隠』を口述した山本常朝だった。山本常朝が本シリーズで重要な役回りを果たしているのは、決して偶然ではない。

 宮廷文化と武家文化が、わかちがたく融合した記念碑が、『葉隠』である。文人と武人を両立させようとした三島由紀夫も『葉隠』を愛読し、自決の朝に辞世の和歌を詠み遺している。「昭和元禄」の虚妄に立ち向かった三島は、はたして雨宮蔵人の再来たりえただろうか。

 咲弥は、花の精であると同時に、和歌の女神でもあろう。普通の場合、自然界の花は、花自身は咲くのがうれしいとも、散るのが悲しいとも思わないで、あるがままに咲いて散り、また咲く。その光景に接している人間の側が、その折々の自分の人生を重ねて、一喜一憂するのである。

 ところが、「雨宮蔵人」三部作では、花である咲弥の心が描かれている。花が美しく咲くからこそ、それを愛して止(や)まない者たちは、命を賭けて花を守ろうとする。ここに、真の武士道が生まれる。まことの武士が命がけで守り抜いた美しい花は、自分を愛してくれた者たちを記憶し顕彰するために、いつまでも美しく咲き続ける。

文春文庫
影ぞ恋しき 上
葉室麟

定価:803円(税込)発売日:2021年04月06日

文春文庫
影ぞ恋しき 下
葉室麟

定価:781円(税込)発売日:2021年04月06日

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