
特に存在感が大きいのは第三代天台座主の円仁である。九世紀、中国の五台山で密教を会得し、没後に「慈覚大師」の称号が与えられた円仁が開いたとされる寺は、北は北海道、南は鹿児島まで存在する。円仁開山の寺の数は全国に六〇〇カ寺を超えるとも伝わるが、実際はそのほとんどが後世の「勧請開山」(弟子らが師僧の名前を借りて寺を開くこと)とみられる。
むろん、そうした聖者が本当に開山したものも混じっていることは確かであるが、それを検証する材料は乏しい。本書の記述では「伝承である」「想像の域を出ない」などと添えた上で、史実と区別して書き添えていることをお断りしたい。
特に地域社会において、長きにわたってその寺院がどんな役割を果たしてきたのか。地域の信仰形態や文化、生活習慣にどのような影響を及ぼしてきたのか。本書はそうした社会と寺院との関係性を可能な限り取材した上で、先述のような「なぜ」に迫る。
お寺選びの基準
本書に登場するのは実際に私が四七すべての都道府県に入り、取材した寺である。そのセレクトについては私の主観の部分も多いが、一定の基準も設けた。それは、
(1)日本古来の宗教観を知るに十分の縁起を有していること(ある程度の記録が残っている)
(2)地域性をよく表した寺であること
(3)日本仏教史のターニングポイントとなった寺院であること
(4)地域文化やライフスタイルに影響を与えた寺院であること
(5)地域に現存する最古の寺を検討したうえで、新旧・宗派などのバランスをとる
(6)当該寺院を参拝するためにわざわざ訪れる価値のある寺院であること
(7)読者に紹介するに値する佇まい、境内環境、住職の人柄等が整っていること
(8)一生に一度は参拝したい寺院であること
である。あなたは、これらの地域を代表する寺院の中で、いくつの寺を知っている、あるいは参拝したことがあるだろうか(一〇カ寺以上参拝していれば、あなたはかなりの寺院通といえるだろう)。
「寺院とは何か」。その先に見える「日本人とは何か」。本書を通読していただければ、その輪郭がくっきりと見えてくるはずである。
(「はじめに」より)