小学四年生の時「隣のクラスにヤクザの組長の娘が転校してくるらしい」と、生徒たちの間で噂になったことがあった。そう言いながら、ヤクザというものがどんな人たちなのか、私も含めてみんな、よく分かっていなかったように思う。ただただ、ソワソワとざわついていた。
転校してきたMちゃんは、あっという間にみんなの人気者になった。組長の娘だからではない。底抜けに明るくて、可愛くて、スタイル抜群で、おまけに足が速かった。Mちゃんが廊下を歩いていると、そこだけパッと花が咲いたような華やかさがあった。私も彼女の明るさに惹かれて、仲良くなりたいな、おしゃべりしてみたいな、と、ふんわり思っていた。そんな彼女と移動教室で、たまたま二人になったことがあった。「私、Mちゃんと仲良くなりたかったの」と言うと「私もめぐちゃんと話してみたかった!」と言ってくれて、好きな人のこととか、学校のこととか、二人で話が盛り上がった。そして彼女にずっと聞いてみたかったことを何の気なしに聞いてみた。「ねえ、Mちゃんのお父さんって、ヤクザなの?」と。すると彼女は「ううん、違うよ、私もお父さんに聞いたことがあるんだけど、ヤクザじゃなくて、人にお金を貸すお仕事をしているんだって」と、教えてくれた。「そうなんだ!」と、私は納得した。周りで彼女の父親をヤクザだと言う友人たちにも「ヤクザじゃなくて、人にお金を貸す仕事をしているんだよ」と訂正をした。またある時、彼女のお誕生日会に呼ばれて、お家にお邪魔したことがあった。帰宅後、私は母に「Mちゃんのお家は、男のお手伝いさんがたくさんいたよ!」と無邪気に報告したらしい。
小学校を卒業する頃には、Mちゃんのお父さんはやっぱりヤクザなんだと、何かの出来事がきっかけとかではなく、大人になるにつれていつのまにか理解するようになっていた。
その後、別々の中学に進み、そのまま疎遠になってしまったけれど、時々、Mちゃんは今どうしているんだろうなあと思うことがある。
疫病神シリーズの堅気のほう、こと二宮啓之の父は手配師だった。この二宮の背景を思うと、Mちゃんの屈託のない明るさが、なおさら眩しく、少しだけ切なく思い出される。仲良くなったばかりの友達から「お父さんって、ヤクザなの?」と聞かれた十歳のMちゃんの心は、あの時どんなだったろう、と。
「いまも当時のことを思い出すが、“極道の息子”という事実にどう折り合いをつけたのか、不思議に憶えていない。ヤクザが社会悪だと決めつけたこともなければ、生業(なりわい)のひとつにすぎないと軽く考えたこともなかった」
と、大人になった二宮は回想しているが、軽く考えはしなかったろうが、おそらく深く考えることもなかったからこそ、今の二宮が出来上がっていった気がする。
基本的には「ぐうたらで経済観念がなくて、誰が見ても変人」と従妹(いとこ)の悠紀に言われてしまう、いい歳をしてぱっとしない男なのだが「ヤキを入れても泣きよらん。ごちゃごちゃとよう喋る。極道の扱いに慣れてくさる」とヤクザに言われる妙な強さを併せ持つ。この微妙で絶妙なバランス加減が、二蝶会という組に属しているが、イケイケの一匹狼、ヤクザ界の絶滅危惧種、桑原保彦に好かれている所以なのではないか。また、二宮の父親が、桑原の属している二蝶会の幹部だったことも、二人の縁を深めているのかもしれない。その縁が“凶縁”であり、お互いがお互いを「疫病神」だとも「コンビではない」とも「好きではない」とも言ってはいるが……。