数年前に、このシリーズの第五作『破門』が映画化された。その時、ある役のオーディションを受けたことがある。オーディションが終わってすぐに「ああ、落ちたな」と、はっきり思った。そして案の定、落ちた。
なぜそこまではっきり思ったかというと、私の大阪弁が、あまりにも下手くそだったからだ。東京出身の私は、その場で「これを大阪弁でお願いします」と渡された台詞を前に、自分なりに、こんなイントネーションだろうか? と想像しながら言ってみたのだが、言ってるそばから、「違う、こんなのおかしい」ともう一人の自分が焦りだし、緊張も加わり、安心して役を任せられない俳優と化した。
『破門』への出演は叶わなかったけれど、いつまた急に方言の役のオーディションが来るかわからない。その時に慌てないためにも、せめて大阪弁だけは慣れておこうと、それ以来、関西弁のドラマや映画を見て、台詞を真似して言ってみたりしているのだが、もう一つ、決めたことがある。オーディション前に読んだ『破門』が面白かったので、この気持ちを忘れないためにも疫病神シリーズを最初から読むことにしたのだ。声に出して。
これがすこぶる楽しく、特に桑原と二宮の掛け合いは、なんだかクセになった。普段、悪態をついたり、憎まれ口をたたくことがあまりないのだが、「こういう会話ができる相手がいるのはいいなあ」と羨ましくなる。長年声に出しながら読んできたからか、今作の後半、病院で桑原が初めてか細い声で二宮と会話をする場面では、笑いながらも泣いてしまった。声は小さく、身振りも力なく弱り切った桑原が、
「わしは極道やぞ。人生、意地で生きとんのじゃ。」
と言ったとき、彼自身がこの言葉を、ずっと自分に言い聞かせながら生き抜いてきたのだと、痛いほど感じた。
「ヤクザという組織形態はあと二十年ほどでなくなると言われています。正業を持ち、素性を隠して、欧米のマフィアのように地下に潜るのです。桑原のような代紋を背負ったヤクザが暴れ回るのは、線香花火の最後に大きくはぜる火花のようなものかもしれませんね」
と、著者の黒川さんはインタビューで語っている。今作でも前近代的な組織暴力団であるヤクザに代わり、ドライでシステマチックな特殊詐欺集団が、力と金を持ち始めようとしているのが見えてくる。時代と逆行し、一作ごとに更にイケイケに磨きがかかっている桑原が、果たしてこの先どうなるのか。今頃「ステイホームや」と称して相変わらず本を読み漁っているのか。二宮は「ソーシャルディスタンス」を理由に桑原を避けるのか。
斜陽産業であろうとコロナ禍であろうと、まだまだこれからも憎まれ口をたたき合いながら、二人でこの鬱屈した世界に火花を散らしてほしい。
願わくは、三途の川を一緒にわたるまで。
-
『赤毛のアン論』松本侑子・著
ただいまこちらの本をプレゼントしております。奮ってご応募ください。
応募期間 2024/11/20~2024/11/28 賞品 『赤毛のアン論』松本侑子・著 5名様 ※プレゼントの応募には、本の話メールマガジンの登録が必要です。