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「疫病神」コンビ――願わくは、三途の川を一緒にわたるまで

「疫病神」コンビ――願わくは、三途の川を一緒にわたるまで

文:小橋 めぐみ (俳優)

『泥濘』(黒川 博行)

出典 : #文春文庫
ジャンル : #エンタメ・ミステリ

『泥濘』(黒川 博行)

 さてその疫病神シリーズ、第七作「泥濘」。二蝶会の破門を解かれ、若頭補佐に復帰した桑原が今回、金の匂いを嗅ぎ取ったのは、大阪府警OBのNPO法人「警慈会」。しかし警慈会の背後にいる暴力団「白姚会」と桑原は、ある会社の倒産整理のシノギで五年ほど前に揉めていた。それを組長同士で手打ちにしてもらっていたため、下手に手出しできない。そこで二宮を利用しようと考える。平成二十三年春から施行された大阪府暴力団排除条例により、売り上げは右肩下がり、大阪の極道の間では知名度爆上がりの二宮は、疫病神・桑原と組むのはこりごりだと思っていたが、以前仕事で関係したことのある「白姚会」の組員に電話をするだけで五万円という報酬にあっさりと目がくらみ、気づけば事務所の隣の倉庫に転がされ、「白姚会」の人質になっている。シリーズファンとして、桑原のとばっちりの常連、二宮の“へたれっぷり”に開始早々お目にかかれて、ニマニマしてしまう。桑原の気持ちが、ちょっと分かる。

 連絡がつかない桑原の代わりに、府警捜査四課巡査部長で、不良刑事の中川に二宮は助けを求める。この中川、一作ごとに存在感を増している。味方のようでありながらも時々敵に回りそうな得体の知れなさもあり、本作では桑原たちから金を巻き上げながらも、一段と心強い存在になっている。二宮企画のオーナーが自分の母親だと、誰にも言ってなかったことをぽろっと中川にこぼしながら親不孝ぶりに落ち込む二宮に対し、中川のかける言葉が、さり気なくあたたかい。

 桑原と二宮が警慈会とその周辺を探るうちに、警慈会にいた横内という男が五年前から失踪していることが分かる。また、極道業界全般が右肩下がりの中で、白姚会だけが羽振りがいいのが桑原にはひっかかっている。横内の失踪理由は何か。白姚会のシノギは何なのか。コンビは関係者に話を聞きに行き、時に脅し、時に吊るし上げ、殴り殴られ傷を負い、血だらけになりながら、真相と金に近づいていく。

 極道一筋で生きてきた桑原だが、彼には極道としての美学がある。一度金の匂いを嗅ぎ取ったら地獄の果てまで追いかけていく執念はあるが、どんなにそこが宝の山であろうと、己の美学に反する金儲けは絶対にしない。更には絶対に許さない。警察OBと白姚会が、老人ホームだけではなく、オレオレ詐欺にも絡んでいたことを知った桑原の怒りは増大する。悪をもって悪を制す、毎回その極みを見せられるから、胸がすくような気持ちにさせられるのだろう。また、彼らの労力に対し儲けが毎回割に合わなすぎるのも気の毒だが、愛おしい気持ちにさせられる。所詮、夢みたいな金儲けはないのだ、とこの世の真理を二人が体現してくれているような。

 そんな桑原も今回ばかりは、三途の川をわたりかけるハメになる。生死の境を彷徨う桑原に対して二宮は「連れ立って三途の川を渡ろうといっていたのは噓だったのか」と思い返す。常に憎まれ口をたたき、桑原に金を要求している二宮だが、その根底には、命をかけてもいいと思っているほど、どこかで桑原のシノギは、この世の中に必要だという気持ちがあるのではないだろうか。もし二宮に聞いたとしても「ちゃうちゃう」と否定されそうだが。

 それにしても“腹が減っては戦ができぬ”と言わんばかりに、二人は連れ立ってよく食事をする。今作では“日航ホテルのステーキハウス”に始まり“老舗の鰻”“餃子とビール”“鯨屋のはりはり鍋”“初夏に味わう、てっさとてっちり”など、レパートリーは広い。あくまで「食」は脇役。事細かに書かれているわけではなく、あっさりとした描写にとどめてはいるが、桑原はかなりのグルメだ(二宮は、ただの食いしん坊だ)。またヒレステーキの焼き方一つとっても、桑原は“レア”で、二宮は“ウェルダン”と、さり気なく二人の性格の違いが表れているのも面白い。

 毎回酒に飲まれて途中で記憶を失い、昼近くまで寝ている二宮に対し、朝八時には起きて、朝食を欠かさない桑原。まるで正反対の二人なのだが、桑原は二宮の食べっぷりが気持ちよいのか、シノギの間は頻繁に食事に誘う。

泥濘
黒川博行

定価:1,023円(税込)発売日:2021年06月08日

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