総合出版社・千石社を舞台にしたシリーズの第四弾である。
少女向けファッション誌の編集部で男性編集者が試行錯誤する『プリティが多すぎる』(文春文庫)、惚れ込んだ小説の出版に向けて奮闘する文芸編集者を描いた『クローバー・レイン』(ポプラ文庫)、忌み嫌っていた週刊誌に配属された若手編集者を通して週刊誌の意義を考える『スクープのたまご』(文春文庫)。そして今回の舞台は、スポーツ総合誌だ。
これまで私は文春文庫から出た二冊の巻末解説を担当し、これが三冊目となる。本書を含めた三冊はいずれも「希望部署ではない編集部にしぶしぶ配属された若手」が主人公で、雑誌を作る過程を経験するうちにその雑誌の(ひいてはジャンルの)特異性や役割を知り、それに携わる人々のプロフェッショナルな考え方に触れ、自らも編集者として変化していく──という共通した骨子を持っている。
これは実は、ややリスキーな構成と言っていい。モチーフとなる雑誌のジャンルが違うだけで、同工異曲に陥りかねないからだ。
だが、そこは信頼と実績の大崎梢である。同じ設定の主人公を使い同じ骨組みの構造にしながら、ここまで一冊ごとに異なるテーマを仕込めるものなのか、と驚いた。特に今回は前二作とは違って──いや、それは後述するとして、まずは本書のアウトラインを紹介しておこう。
主人公は千石社で働く入社三年目の目黒明日香。営業部の仕事を覚えてやっと面白くなりはじめた矢先、異動を命じられた。新たな配属先は、スポーツ総合雑誌「Gold」の編集部だ。だが明日香は幼い頃にスイミングに通っていた程度で、スポーツはからっきし。知識もない。はたして自分に務まるのか?
そんな明日香が新米としてさまざまなスポーツや選手の取材に関わった一年間が、六章に分けて綴られる。
第1章「勝利の方程式」ではバドミントンの選手の取材を見学したあと、横浜DeNAベイスターズの中継ぎ投手へのインタビューに初挑戦。第2章「水底の星」はちょっと仕事から離れて、明日香の子供時代のスイミングスクールでの思い出が語られる。第3章「スタート・ライン」はマラソンランナーの熱愛報道が招いたトラブル、第4章「キセキの一枚」は女子バスケットボール選手の取材で起きたある出来事、第5章「高みを目指す」は人気Jリーガーから予想外の取材拒否を受けた一件、そして最後の第6章「速く、強く、熱く」はオリンピックに向けての競泳代表選考会だ。
『プリティが多すぎる』『スクープのたまご』同様、主人公がさまざまな仕事に向き合う様子が描かれるわけだが、本書には前二作とは明確な違いがある。前二作では配属先が嫌で嫌でしかたなかった主人公が少しずつ仕事に目覚め、考え方が変わっていく過程が中心に描かれた。つまりはお仕事小説にして成長小説の側面が強かった。翻って今回の明日香は、慣れない仕事に不安と戸惑いはあるものの、前二作の彼らのような部署に対する反発はないので、成長小説の色合いは薄い。さらにいえば、本書には多くのスポーツ選手が登場するが競技の描写は少なく、スポーツ誌の記者の目線を通したスポーツ小説というわけでもない。
成長小説でもスポーツ小説でもないのなら、本書は何か。
スポーツを「伝える」ことの意味を描く物語である。
スポーツ小説は数あれど、伝える側の小説というのは珍しい。一般にはスポーツは「やる」ものか「見る」もの。ではそれを「伝える」とはどういうことか? 実況中継や試合結果のニュース報道と何が違うのか? スポーツを「伝える」ことで何が生まれるのか? それが本書の核だ。
まずどのように「伝える」のか、仕事の内容が詳しく紹介される。
第1章では「スポーツの取材ってこうやるのか」「こんな工夫や、こんな苦労があるのか」という興味深いエピソードが読者に届けられる。隔週発行の雑誌をどのように企画し、どのように誌面を構成するか。アスリートのインタビューはどんな手順で行われるのか。原稿用紙一枚程度の短い文章のために、どれだけの取材がなされているか。明日香が新米なのは、読者と驚きを共有するためだ。
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