- 2021.06.09
- 書評
ふたりの青年が過去の後悔に打ち勝つ闘いの物語。青春120%小説
文:大矢 博子 (書評家)
『立ち上がれ、何度でも』(行成 薫)
出典 : #文春文庫
ジャンル :
#エンタメ・ミステリ
プロレス小説である──と書いたところで、私は少々困っている。
本書が類稀(たぐいまれ)な、実にエキサイティングなプロレス小説であることは論を俟(ま)たない。だが最初にそう書いてしまうことで、「プロレスには興味がない」という読者を取りこぼしてしまうのではないか。
だったらこう書こう。本書は、後悔を抱え、強くありたいと望んだふたりの青年の青春小説であり、変則的なブロマンスである、と。時には切なく、時には熱く展開されるふたりの物語は、プロレスに対する興味・知識の有無にかかわらず読者の胸を揺さぶるはずだ。
いや、それもまたリスキーだ。そう書くことで今度はプロレスファンの読者から「競技の描写は二の次なのかな?」と思われてしまってはマズいのだ。ここまでプロレス業界の表から裏までビビッドに描いた小説を私は他に知らない。私自身、プロレスにはまったく興味はなかったのに、本書を読み終わってすぐプロレス中継の予定を検索したほどなのだから。
つまりは──こういうことだ。
あなたがプロレスファンであるなら、本書を読み逃してはならない。ここにはまさに、小説でしか描けないプロレスのリアルがある。
そしてまた。あなたがプロレスに興味がないなら、むしろ本書を読むべきだ。ここには未知の世界の魅力と、すべての人生に通じる普遍的な感動がある。
ええい、まどろっこしい。要するに一言でいいのだ。全員読め。
と、困惑極まって乱暴にまとめてしまったが、まずは本書の内容を紹介しよう。
主人公は小学校の同級生だった御子柴大河と小林虎太郎。体が小さくいじめられっ子だった虎太郎を、大河が趣味のプロレス観戦に連れ出し、そこから親しくなっていく。ところがクラスメートたちのプロレスごっこに巻き込まれた大河は、ここで断ったら自分がいじめられるのではという保身から虎太郎に危険な技をかけ、ケガをさせてしまった。この一件が引き金となり、中学進学も相まってふたりの道は分かれることになる。
それから時が経ち、大河は日本最大のプロレス団体・JPFの若きスター選手になった。虎太郎は紆余曲折を経て、インディー団体の覆面レスラーとして成り上がった。そしてふたりは三十歳の大晦日、ドーム球場で行われる大一番で対戦する──。
目を引くのはふたりの主人公の対照性だ。体が大きく実力もあり、ルックスも良くてスター選手になる道が用意されている大河。体は小さいものの抜群の運動センスで草の根から這い上がってきた虎太郎。その関係はまさに光と影、太陽と月だ。
しかしこの物語は単純なライバル関係を描いたものではない、というのがポイント。大河と虎太郎それぞれがどのような経緯でプロレスラーを目指し、その過程で何があったのかが克明に綴られる。大河は虎太郎にケガをさせてしまった一件を殊(こと)の外(ほか)後悔していたし、虎太郎はいじめに悩む子どもを救うために教師を志した。それがなぜプロレスラー同士としてリングで相見えることになったのか──は読んでいただくとして、彼らを支えたものはこの思いに集約される。「強くなりたい、強くありたい」という思いだ。
正義より友情より保身を優先した過去。そのせいで友人のみならず親まで傷つけてしまった後悔。いじめに屈服して過ごすしかなかった汚辱。それを変えようと教師を目指したのに、そこでも自分の無力さを思い知らされた絶望。どれもこれも自分が弱かったからで、その弱さを乗り越えたい、過去を乗り越えたい、という思いだ。
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