- 2021.08.01
- 特集
『昭和天皇実録』は8月15日をどう描いたか? 半藤一利ら‟最強メンバー”が読み解く
延べ20時間。1万2000ページにおよぶ「激動の記録」をどう読んだか
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#ノンフィクション
「おい、今日はみんな、スーツにネクタイかい? そうだよな」
昭和天皇の87年にわたる生涯を克明に記録した『昭和天皇実録』。宮内庁が24年5カ月という歳月をかけて編纂した全61巻、1万2000ページの大著を精読するにあたり、半藤一利さんら座談会の出席者はスーツにネクタイを締めた姿で現れました。長年座談会を取りまとめていた半藤さんも、出席者が威儀を正して臨む姿を見て、思わず会の冒頭にそう仰ったそうです。
この大著に挑んだのは、半藤一利さん、保阪正康さん、御厨貴さん、そして磯田道史さん。当代最強メンバーが徹底検証した成果をまとめたのが『「昭和天皇実録」の謎を解く』(文春新書)です。
今年1月に逝去された半藤一利さんを偲び、『昭和天皇実録』が8月15日をどう描いたのか、特別に一部を抜粋して公開します。そこには『昭和天皇実録』と、半藤さんが若き日に記した『日本のいちばん長い日』が交錯する、貴重な場面がありました。
御厨 『実録』のこの部分を読んでいると、映画版「日本のいちばん長い日」のシーンがいろいろ浮かんできます。玉音放送の録音盤を隠そうとする、徳川義寛侍従役の小林桂樹の顔とかね(笑)。
警戒警報発令中の午後十一時二十五分、内廷庁舎御政務室にお出ましになる。日本放送協会により設営されたマイクを御使用になり、放送用録音盤作製のため、大東亜戦争終結に関する詔書(宮内省側にて浄書の御朗読用の副本)を二回にわたり朗読される。宮内大臣石渡荘太郎・侍従長藤田尚徳・侍従三井安弥・同戸田康英・情報局総裁下村宏が陪席する。なお、録音盤〈正(第二回録音)六枚、副(第一回録音)六枚〉は、侍従徳川義寛により階下の侍従職事務官室の軽金庫に収納される。録音終了後、十五日午前零時五分、天皇は御文庫に還御される。(同八月十四日)
ただ、そのことがよかったのか悪かったのか。史料の読み方を規定してしまいますからね。
保阪 私も『実録』は、半藤さんの『日本のいちばん長い日』のシナリオを壊したくなかったんだと思いますよ(笑)。
半藤 まったく困りましたな。私はあの本を書く時、終戦時の首相・鈴木貫太郎の秘書官をやっていた息子の鈴木一さんに話を聞いたんです。一さんによれば、貫太郎は、明治憲法に叛くことになるけれども時局がいかんともしがたい所に来ているから、死刑を覚悟の上で大芝居を打って天皇の直接の判断を仰いだ、という。これが私の「聖断」論の骨子ですが、たしかに『実録』ではそれがそのまま採用されているようです。
御厨 よほどの新史料があって劇的な発言や新たな事実の発見がないかぎり、半藤説を覆すのは難しいですよ。阿南惟幾陸相が辞表を提出すれば鈴木内閣は崩壊する、そこで陸軍が天皇を軟禁し、ポツダム宣言受諾をひっくり返して本土決戦に突入する。そういった可能性が捨てきれなかったあの段階は、まさに大日本帝国という統治機構が完全に壊れて剝き出しになった状態です。それでも淡々と事は進んでいく。大日本帝国の最後の姿が、『日本のいちばん長い日』には、よく描かれています。
保阪『実録』の参考史料に『日本のいちばん長い日』は挙げられていましたか。
半藤 史料になんかなりませんよ。関連して一言申し上げると、天皇は映画版の「日本のいちばん長い日」をご覧になっているんですね。
吹上御所において皇后・故雍仁親王妃・崇仁親王と共に、映画「日本のいちばん長い日」を御覧になる。終わって御夕餐を御会食になる。(昭和四十二年十二月二十九日)
ただし、感想は何も書かれていません。「まったく違うとおおせになった」なんて書いてあったらどうしたらよいのか、本当に困ったでしょうが、そこはさすが天皇、下々が困るようなことは決してなされないんです(笑)。
保阪 八月十五日の前後は本当にいろんなことがあったはずですが、『実録』はあまり描写していない感じがします。玉音放送のあった八月十五日、放送が終わるなり、天皇は侍従の岡部長章を呼び出しています。岡部の実兄は朝日新聞の社長だった村山長挙(ながたか)ですから、岡部は朝日まで行って、村山に会って玉音放送を聞いた時の社員の様子や、全国のどこかで暴動が起こっていないか情報収集を命じられているんですね。岡部が朝日新聞から戻り、「何もありません。大丈夫です」と復命したところ、天皇は喜んだそうです。私は岡部から直接聞いたことがありますが、そのあたりは『実録』に一切出てこない。
この続きは文春新書 『「昭和天皇実録」の謎を解く』 でどうぞ
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