- 2021.08.27
- 書評
そのへんに居る女同士のハードボイルド――まさにシスターフッドどまんなか
文:王谷 晶 (小説家)
『わたしたちに手を出すな』(ウィリアム・ボイル)
出典 : #文春文庫
ジャンル :
#エンタメ・ミステリ
昔から年上の女性にモテるタイプで、角打(かくう)ちで飲んでたり公園でぼーっとしてると見知らぬおばさまに声を掛けられることがしょっちゅうある。バイスサワーや太った鳩などを挟んでご歓談と相成るのだが、「六十年くらい前はこの辺りは全部畑で、アンタの尻の下もアタシが毎日耕してた」とか「ろくでもない亭主が戦死してから運が向き戦後のどさくさに紛れてアパートを三つ建てた」とか「若い頃某大物芸能人の付き人をしてて(以下伏せ字)」とか、まあだいたいそのお話がすこぶる面白い。盛ってる部分があるとしても、その盛り方が楽しいのでゲラゲラ笑いながら拝聴してしまう。みんな一見「ふつう」の女の人で、街ですれ違っただけなら、とてもそんな波乱万丈な歴史を背負っているとは予想もできなかっただろう。
本書『わたしたちに手を出すな』を読んだとき、まず頭に浮かんだのはそんな街の女性たちだった。まさに街中でふいに出会った人に予想外にとんでもなく面白い話を聞かせてもらったような、気さくで猥雑(わいざつ)でパワフルな魅力に満ちている。「人に歴史あり」なんて手垢のついた言い回しだが、誰でも人が聞いたらびっくりするようなエピソードや秘密のひとつふたつは抱えているものだ。
一通の陽気な手紙から始まるこの小説は、主に三人の女と幾人かの男たちの視点で語られる。ブルックリンで暮らす品のいい老婦人のリナ、引退した元詐欺師にして元ポルノ女優のウルフスタイン、リナの孫娘でちょっとグレかけているティーンの少女ルシアが主人公。世代も生まれ育ちも経歴も何もかもが違うこの女たちが殺人と大金のトラブルに巻き込まれ、否応無しにチームを組むことになる。このそれぞれまったく性格の違う女たち(と男たち)の視点を見事に書き分けているのが凄い。著者は男性だが、豪放磊落(ごうほうらいらく)な熟女から酷い環境で育った故(ゆえ)に大人びてしまった少女まで、地に足のついたリアリティをもってじっくりと描写されている。読者は「キャラクターの書き分け」と簡単に言うが、所詮は一人の人間が一つの頭で考えているので、どこか似通ったところのある登場人物を生み出してしまうこともある。しかしウィリアム・ボイルは一人ひとりのキャラクターを(たとえそいつがどんなにしょうもないエロジジイだとしても)丁寧に掘り下げ、まったく違う人間がまるでほんとうにそこに居るかのように描いている。
古今東西の文芸作品での「男性作家が描く女性像」には七割くらいの打率で辟易(へきえき)とさせられてきたので、本書も正直身構えて読み始めたのだが、それが杞憂(きゆう)に終わったのも(失礼かもしれないが)嬉しい誤算。マフィア幹部だった死んだ夫を愛しながら、その稼業のあくどさや恐ろしさから目を逸らし自分と家庭のことだけ考えていた内向的なリナも、前向きに明るく豪快に生活しているようで、過去だけが輝いていたと思っているふしのあるウルフスタインも、自分が賢いのを分かっていて現実だけを見据えようとしながらも、子供らしい寂しさが捨てられないルシアも、ステロタイプに堕ちない、でもどこかにいそうな女の声を持っている。
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