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円城塔、怪獣を語る 『ゴジラS.P<シンギュラポイント>』をめぐって

円城塔、怪獣を語る 『ゴジラS.P<シンギュラポイント>』をめぐって

聞き手:佐々木 敦

文學界10月号

出典 : #文學界
ジャンル : #エンタメ・ミステリ

壮大な構想力と透徹した論理で小説世界を構築してきた作家が、アニメシリーズ『ゴジラS.P』の脚本を手がけた。世界的に知られる怪獣ものに挑むことになった経緯や作品に込めた思いを訊いた。

TVアニメ『ゴジラS.P <シンギュラポイント>』はNetflixにて全13話世界配信中。9月22日にBlu-ray&DVD第2巻が発売される(全3巻)

©2020 TOHO CO., LTD.

「文學界 10月号」(文藝春秋 編)

■すべてはSF考証から始まった

 ――円城塔さんがシリーズ構成・脚本・SF考証に携わり、今年、テレビ放映やネットフリックスでの配信が始まったアニメ『ゴジラS.P<シンギュラポイント>』(全十三話)を非常に興味深く拝見しました。今日は主に円城さんの小説世界と『ゴジラS.P』がどうつながっているかについて、お話をうかがっていきたいと思っています。

 まず、どのような経緯でここまで本格的にコミットされることになったのでしょうか?

 円城 最初はSF考証だけを担うはずでした。怪獣ものなので科学的な裏付けのあるSFにする必要はないのですが、SF要素を入れたい、という強い意向が高橋敦史監督にあり、僕が呼ばれたんです。でも、参加したときには、ゴジラをやるということ以外、本当に何も決まっていませんでした。そこで物語の設定と考証を監督らと一から始めることになった。「こういう設定で行きましょう。あとは頑張ってください」と設定と考証を納品できれば、いつでも足抜けができたのですが、設定と考証が定まらず、なかなか納品できないうちに、気づいたら脚本まで書くことになっていたというかんじです。

 ――『ゴジラS.P』のファンブックに載っているインタビューでは、高橋監督がゴジラをSFにしたい、と思ったときに頭にあったのは、テッド・チャンの『あなたの人生の物語』をドゥニ・ヴィルヌーヴが映画化した『メッセージ』(二〇一六年)だったと語られています。SF考証を依頼されたとき、監督からすでにそういう話はあったのですか。

 円城 ありました。それからエドガー・アラン・ポーの『盗まれた手紙』やシャーロック・ホームズの『ボヘミアの醜聞』(コナン・ドイル著)ですね。手紙のような何らかのメッセージが未来から回帰してきて、それを受け取ることですべてがわかる、ゴジラを倒す方法が見つかる、というような設定にすれば、十三話もつのではないかという叩き台ですね。

 ――それは出来上がった『ゴジラS.P』そのものですね。最初の構想から物語の構造はブレなかったんですね。

 そもそも円城さんにとって、ゴジラシリーズはどのような存在だったのでしょうか。

 円城 僕は一九七二年生まれなので、子供時代はゴジラ映画が作られていなかった空白期に当たるんです。でも、身の回りにゴジラグッズはやたらとあった。そして、一九八四年に九年ぶりに『ゴジラ』が公開されます。映画館で最後に伊豆大島の三原山の火口にゴジラが沈んでいくのを見届けました。その作品を見たとき、中学生ながらに色々な疑問が湧くわけです。なぜ、冒頭に出て来るフナムシは巨大になったのか。ゴジラはなぜ謎の曲に誘われていくのか。もう少し別の倒し方があるのではないか。一九五四年の第一作で死んだはずのゴジラが三十年ぶりに現れた、という設定なのですが、「ぶりに」というのはなんなのか。あれほどの巨大な身体はどのように支えられているのか……そのような架空科学を中学生ながらに考えるうちに、大学で物理を専攻するようになった。初めてのゴジラ体験以来、頭の隅でゴジラが存在するにはどうすればいいのかを考えるようになった。だから、SF考証の依頼があったときには、高橋監督に「僕がゴジラについて今まで考えていたことを話してみよう」というところからスタートしました。

 監督もゴジラに対しては僕と似たアプローチなんです。つまり、動物行動学者コンラート・ローレンツの攻撃本能についての考察などを背景にして、怪獣だって何の理由もなく、いきなり建物に襲いかからないよね、というふうに考える。怪獣だって、ケガしたら死んでしまうんだから、先に攻撃されるとか、よっぽどの理由がなければ、建物に襲いかからないはずだ、でも襲いかからないとゴジラは始まらないよね、とか、そんな話を一年ぐらい続けていました。

 ――なるほど。高橋監督には、最初から『ゴジラS.P』をしっかりとした科学的な裏付けのあるSFにしたいという意向があったと。六十年以上の歴史があり、国内実写映画だけで二十九作もある過去のゴジラ作品から、どのような設定を参照し、どんな怪獣を登場させるかを監督とかなり吟味されたのでしょうか?

 円城 ある程度、相談したところで、リアルな今と地続きの設定にすることになりました。そうするとかなり絞られるんです。ゴジラと別の怪獣が戦う、いわゆる「怪獣プロレス」はかなり落ちますし、エビラは南の海にいない、とか(笑)。一九五四年の第一作や八四年の『ゴジラ』、『ゴジラVSビオランテ』(八九年)や『ゴジラVSデストロイア』(九五年)のラインになっていきました。それらの作品では、ゴジラを支えるためのSF考証はそれなりにしっかりしていて、第一作でゴジラを倒すオキシジェン・デストロイヤーやDNA計算など、当時の最先端の科学知識も盛り込まれている。とはいえ、ゴジラはサイエンス寄りで、あまりサイエンスフィクション寄りではないな、ゴジラや怪獣ものは、もっとホラ理論でいいんじゃないかと以前から僕は思っていた。だから、今回の『ゴジラS.P』はちょっとホラ理論系に振ってもいいんじゃないかと考えました。

文學界2021年10月号

文藝春秋

2021年9月7日 発売

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