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対談 保坂和志×柿内正午「読めば読むほどわからなくなる」<特集 プルーストを読む日々>

対談 保坂和志×柿内正午「読めば読むほどわからなくなる」<特集 プルーストを読む日々>

保坂 和志 ,柿内 正午

文學界10月号

出典 : #文學界
ジャンル : #小説

『失われた時を求めて』を読みながら書いた日記『プルーストを読む生活』の著者・柿内正午氏と、柿内氏が敬愛する保坂和志氏が語る、長い小説を読むことの「楽しさ」!


「文學界 10月号」(文藝春秋 編)

■面白いからつまらない

 保坂 柿内さんが『失われた時を求めて』を読みながら書いた日記である『プルーストを読む生活』、これだけ分厚いのでまだ全部を読んではいないんですけど、『失われた時を求めて』と同じく簡単に読み終わってしまったら面白くない本だと思いました。1日100ページ読もうと思えば読めないわけではないけど、1年かけて書いたものだから、この本自体がたった何日間かで読んではいけないと発してるところがある。何しろ750ページで厚さが5センチだから。

 僕はこの本に自分でしおり紐を4本つけて、開いて面白いと思ったページからしばらく読んでそこはひと休み。それからまた別のところを開いてそこからまたしばらく読むという読み方がこの本にはいいと思ったから、しおり紐4本で時間を4本の流れにして通読をしないようにしてこれを読んでます。休み休み読んでいたプルーストを、休み休み読むような本で書いたというのが、まず面白い。そして驚いたことに、最初の方と比べると、終わりの方でこの人成長してるんだよね。前半はけっこう駄目っぽさが前に出ていた感じがするんだけど、後半から「どう生きるかの手本がない」とか、「社会が変な生き方ばかり圧力掛けてきて嫌だな」とか、割と強いページが目につく。

 柿内 ありがとうございます。『失われた時を求めて』という作品の一番いいところは長いことに尽きると思っているので、日記もそう言っていただけてよかったです。『失われた時を求めて』は、もしかしてこれだけ一生懸命読んでも、最後終わらないんじゃないかって結構わくわくしたんです。尻切れとんぼで、ぷつっと終わってくれたらものすごく嬉しくなっちゃうのに、と。何を読んでも、何を見ても、終わるのはつまらないというか、始まりと終わりがあることにどれだけ意味があるんだろうと思っています。それは僕が保坂さんの小説を読むときにもよく感じることです。プルーストも保坂さんの小説も、時間というものを始点と終点がある線的なものでないところから感覚し、無時間的なものをどうやって自分が感覚できるかを読みながら考える本だと感じます。そういうものに終わりがあるっていうことが、少し寂しくて。

 僕は『失われた時を求めて』をちくま文庫の全10巻版で読んだのですが、最後、10巻目の『見出された時』が普通に面白かったんです。普通に面白いって、面白くないんですよね。『見出された時』はプルースト自身が『失われた時を求めて』を要約し始めた章で、これはこういうことなんだよと、敷石やナプキンのシーンでいちいち説明し出す。『プルーストを読む生活』は日記なんで特に結論めいたものがなくてもよかったんですけど、とはいえ本として締めようとすると、何となくまとめにかかってしまうところがありました。終わりの、わかりやすく面白いからこそのつまらなさは、多分日記にもあるとは思います。

保坂さんがしおり紐をつけた『プルーストを読む生活』

 保坂 小島信夫が言った「あなたたちが面白いと言う、そこがつまらないんだ」っていうことだよね。そこにみんな気付いていない。これ本当に小島さんが言ったのか、もう憶えてないんだけど、小島さんを憑依させるといろんなことが考えられる。

 この本で『失われた時を求めて』が脱線に脱線を重ねるから読んでいてわからなくなるということを、ちゃんと言ってくれているんで安心しました。自分はいま何読んでるんだろうと思ったり、ぼんやりしちゃったなと自省したりする。そして少しは読み返したりしながらも、わからないまま読んでいくそのままが書いてあって、これはいいなと思った。みんなわかってる確かさを出発点にして書きたがるんだけど柿内さんは全体の構えとして心許ない。

 プルーストの書き方自体が小説としてちゃんとしていないんだよね。どんどん違う話にずれていく。僕は最近よくメルヴィルのことを考えるんだけど、メルヴィルもいわゆる小説の形の小説を書いていない。20世紀小説、近代小説を代表する小説と言われるものが、ちゃんとした小説の形をしていない。

 小説でプルーストとメルヴィルに共通してるのは、とにかく知っていることや考えていることを全部詰め込んでしまうこと。そのためには形が小説ではなくなることなんか気にしてない。メルヴィルは『白鯨』もそうなんだけど、最初の『タイピー』っていう南の島で捕まる話も、南の島の風景や風俗をたくさん書いている。全くストーリーではない部分がいっぱいあって、それが処女作なんですごいと思う。小説っていう形に遠慮していず、「これが小説でしょうか?」というへつらう感じが全然ない。僕は最初から小説らしい小説は面白くないから。何でも入れるメディアというか器としても日記っていいんじゃないかと柿内さんは書いているんだけど、その器を探すことがいい小説を書くよりもずっと大事なんで。この本はブログが元で、リトルプレスだとか。

 柿内 そうですね。元は、自分ひとりで作ったZINEでした。

文學界2021年10月号

文藝春秋

2021年9月7日 発売

プレゼント
  • 『ロシア文学の教室』奈倉有里・著

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    応募期間 2024/5/17~2024/5/24
    賞品 『ロシア文学の教室』奈倉有里・著 5名様

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