- 2021.09.22
- インタビュー・対談
「退屈が鬱になる。どんな人も一生かけてすることが必要なんです」 “いのっちの電話”の坂口恭平が“空っぽ”のコロナ禍で始めた日課とは
『土になる』に寄せて
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#随筆・エッセイ
作家、画家、音楽家、自殺志願者の相談を受ける「いのっちの電話」相談員……ニューヨーク・タイムズ一面にロングインタビューが掲載され、Twitterに日々掲載されるパステル画は話題を呼び、そのジャンルを超えた活動が国内外から注目を集めている坂口恭平さん。新著のエッセイ『土になる』は熊本で畑を始め、躁鬱病を乗り越え、心身の安らぎを得ていく過程の畑日誌にして哲学書のような、でもとても開かれた一冊だ。世の中が閉じていったコロナ禍、絵を描き、文章を書き、「いのっちの電話」を受け続けた著者は、変化を止めず、土に根を張っていくように見えた。コロナ禍が長引くいま、目に映るものとは――。
コロナ禍に、畑をやりパステル画を描くという「日課」
――コロナ禍の始まりと軌を一にするように書かれていますが、一方で本書は畑とパステル画との個人的な出会いから始まります。振り返ってみて、コロナ禍はどんな時間でしたか。
坂口 僕の場合は世の中が揺れてないと、自分が揺れまくるんです。逆に言うと、もともと自分が揺れまくっているから、世の中が揺れていると波が合わさって揺れなくなる。3.11の時も、熊本大地震の時もそうです。3.11の時は福島の原発が危ないと思って、4日後にはもう東京を後にしていた。それは思考した結果ではなくて身体の反応で、でもいま考えると、その時って危険なくらい落ち着いていたんですよね。それは躁状態だったってことなんですけど、周りが動揺して世の中が同一になっていると、打ち消し合って僕が揺れなくなる。
今まではそうやって大きな危機のたびに過度に反応してしまっていたんだけど、今回は、僕は徹底して日課をやっていましたね。畑を始めたのも理由はなくて直感で、ただあの頃はスーパーで買い物をするのもちょっと大変だったから、それなら自分で野菜を作ればいいんじゃない? って、市民農園を探したんです。日課の技術はそれまでに磨いていたから、畑をやると決めてからは早かった。
これからどうやって生活をしていくのか、あの頃はみんな揺らいだわけですよね。僕の場合は何も変わらないように見えて、実は自分の中では反応が起きていた。これからノーマルじゃない生活が始まるわけで、どういう生活をするか、ということを考えたんじゃないかな。パステル画にしても、一生これをやっていこうと見出したのは畑を始めてからで、その前にまず生活をどうするかという危機があったんだと思うんですよ。
目の前にある山、海、川、すべてが意味を持ち出した
――土や植物や猫たちとの出会いがあり、野菜が育っていくように、坂口さんの風や空気や目に見えないものを見る解像度も変化していきますよね。世界の見え方がカラフルになって、熊本という土地の強さも感じられるようでした。
坂口 書きながら、熊本の地名とか目の前の川や山の感じが面白いと思ったんです。風光明媚な土地ではなくて、いたって普通の田舎で、この場所この風景を描いている人なんて他に誰もいない。だけど行けば行くほど、「めっちゃきれい、これはなんだろう」と思っていた。一周回ってその場所を面白いと思って描くのとも違うし、海外の絵を見て、目の前の風景がその絵のようだと思って描くのとも違う。何か形を模したものを自分の周りで見つけて描くのではなくて、真ん前にあるものをまっすぐに見て、この風景を残したいと思ったんです。その感触は僕の中で今までと決定的に違うことだった。
シンプルに言うと、目の前の場所をどんどん好きになっていったんですよね。それくらいこれまでは目の前のものに影響を受けながら、実は見えていなかったんだと気づかされたし、それが土と出会ったということでしょうね。すると目の前にあるものすべてが、山も海も川も意味を持ち出した。でも畑をやらなくても、それはみんなできることだと思うんです。
ベンヤミンが「風景は待っている」ということを言っていて、「我々は時間性というもので風景を脅かすが……風景は裸の未来という形になって我々を迎え入れる」という文章に僕はハッとしたんですけど、自分が住んでいる場所で地面とつながって、風景が待ってくれていることに気づくと、その風景が持っている昔の時間も集まってくる。だから、畑の師匠であるヒダカさんが植物と戯れている状態も書きたいと思ったんです。ヒダカさんは言葉にはしないけれど、そんなことはわかっていて、とても満たされているように見えたんです。僕もただそれを憧れて見ているだけではなくて、実践できることが嬉しかったし面白かった。
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