- 2021.09.22
- インタビュー・対談
「退屈が鬱になる。どんな人も一生かけてすることが必要なんです」 “いのっちの電話”の坂口恭平が“空っぽ”のコロナ禍で始めた日課とは
『土になる』に寄せて
ジャンル :
#随筆・エッセイ
一生からつながる紐を紡ぐ日々
――畑を始めて、時間への感覚が変わっていくのもまた印象的です。鬱とは「時間を感じている時間」だけれど、畑は待たされることも多くて、「時計で測った時間ではない時間が生まれる」と書かれています。
坂口 退屈が鬱になるんですよ。本質的に言うと、どんな人にとっても一生かけてすることがやっぱり必要なんです。日常的に一生とつながること、一生からつながっている紐をちょっとずつ紡ぐということが。「いのっちの電話」を通じて電話をかけてくる人たちに僕が言うのも、一生かけてできることがあれば、それだけでいいっていうことです。
たぶんいまは、「関係の孤独」と「やることの孤独」があるんですよね。生活していく上での人間関係の孤独だけでなくて、本質的にやることがなくなってきて、みんな時間との関係も空っぽになっているんですよ。そのクライシスに関しては僕はベテランだけど、コロナがやってきて、ある意味でみんな僕に近い状態に陥ったのかもしれないですよね。
一生の時間を使って何をやっていくか、僕もわかってなかったんです。来年何をするかわからないけど、何か思いついたことをやろうと思っていた。でも畑をやりながら、パステル画を描きながら、毎日これを続けていこう、そういう祈るような行為を死ぬまで続けていこうという気持ちに変わっていったわけです。
ヒダカさんが落ち着いて生きているのは、そういう祈りの作業がヒダカさんの中に明確にあるからで、畑の作業日誌を見せてもらうと、「9月15日にはまた秋冬野菜を植える」と書かれていたりする。その日暮らしではない畑の時間を知ることができたのは、とても大きかったですね。
毎日を生きるためのささやかな技術
――畑をめぐる個人的な日記のようで、生きづらさを感じている人たちへのヒントにも満ちていますね。
坂口 僕は畑をやるまで、何もない田舎にいると落ちていたし、西日が嫌いで夕方はアトリエに籠っていた。そういう虚しさから逃げるために鬱になっていたんです。でもいまは虚しい状態のままでも、道ができてその先に進めるようになった。秋冬は畑もそれなりに寂しいけど、でも元気に育っている野菜もあるし、土を寝かせる必要があることもわかる。でも次の秋冬には土からレタスが育ってくるイメージもある。それが安心につながるんですよね。
いままで経験したことのなかったことが起きて、その変化を書く過程で自分が成長しているのが面白いし、しんどさを感じている人のヒントになったらいいですよね。いまは誰もが意識的に土から離されている可能性があるから、レジスタンスとして畑をやるのは大事だと思うんです。やっぱり土に種を植えると芽が出るし、芽が出るだけで気持ちが上がってくる。それってパステル画を毎日描き続けて、いつしか枚数がたまってきて、描き損じても簡単には消さなくなることなんかと同じなんです。それが鬱ではなくなる過程に、そして安心につながっていく。この本はそうやって、毎日生きる上でのささやかな技術を遅まきながら初めて知った人の物語でもあるし、身をもって答えを見つけた物語でもあると思います。
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