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そびえ立つ歴史的遺産、司馬先生の『燃えよ剣』を映画化して

そびえ立つ歴史的遺産、司馬先生の『燃えよ剣』を映画化して

文:原田 眞人 (映画監督)

映画『燃えよ剣』10月15日(金)公開


ジャンル : #歴史・時代小説

『燃えよ剣』(司馬 遼太郎)

 徹底的にリサーチしたのは、一八六四年の池田屋事件です。原作は、このくだりにかなりの枚数を使って、かかわった人物を詳細に描写している。のちに判明した事実と異なるところはありますが、池田屋にいたのは二十七、八人である、山崎烝(すすむ)が密偵として入り込んでいた、という展開は映画でも踏襲しました。ただ、小説や歴史的事実を参考にしただけでは池田屋事件の実相は見えて来ない。原作では、山崎の情報と同時に、町奉行所の密偵から宮部鼎蔵(ていぞう)以下の「過激派」が四国屋に集結しているという情報が入り、二手に分かれたとなっている。これは、多くの新選組映画が取り入れている「俗説」です。事実は、近藤隊十人が池田屋に向い、土方等数十名の本隊が縄手通の旅籠を軒並み調べていた、ということなんですね。では何故、二手に分かれたのか。僕が見つけた答えは「ビン・ラディンはどこか」でした。新選組にとってのビン・ラディンは、肥後の尊王攘夷派志士・宮部鼎蔵です。池田屋事件の発端となった古高俊太郎の捕縛も、宮部を探して、古高の店「桝喜」に踏み込んでいます。その夜、宮部以下の過激派志士は、古高奪還か否かを謀議するため池田屋に集結した―。映画はこのあたりを実録風に描いています。池田屋とその周辺は、フルスケールのオープンセットを建てました。土方隊が駆けつけるまで四十分かかった近藤、沖田、永倉、藤堂の死闘も入念なリハーサルをして再現しました。司馬作品の魅力のひとつは剣戟の迫真性ですから。原作では前半で死んでしまう土方の好敵手七里研之助も、池田屋の二十七番目の志士として戦います。池田屋事件は虚実を混在させ、映画に於ける大きな見せ場に仕上げています。

 

 土方は冷酷な新選組副長だった。残酷非道なこともした。けれどもそこにはきちんと流儀があった。剣が大してうまくなかった井上源三郎を、最後の最後までたてた同志愛。それから沖田との軽やかな掛け合い。近藤との深い友情。これが『燃えよ剣』の第一の魅力です。この四人にはハワード・ホークスの『リオ・ブラボー』(1959)の四人組を重ね合わせました。

1962年12月、東京都日野市の土方歳三生家にて、土方の剣を持つ司馬さん。11月より「週刊文春」誌上で〈燃えよ剣〉連載が始まったばかり。

 近藤勇はガタイと演技力の点で、早くから鈴木亮平さんをイメージしていました。西郷どんを演じた直後だったので、二十七キロ減量して取り組んでいます。ジョン・ウェインっぽいと言えばぽいし。と言って土方がディーン・マーティンかと言われると、そうでもないのでむずかしいところですが、沖田と源さんは完全にリッキー・ネルソンとウォルター・ブレナンです。

 山田涼介君はどんな映画に出ても全力投球をしている。俊敏性もあって目がきれい。岡田さんの後輩という点も大きなプラスでしたね。岡田道場に通って完璧な沖田総司になってくれました。現場での演技指導は殆ど何もなかったですね。吐く息、吸う息が沖田でしたから。後半、衰弱していく様子も見事でした。順撮りではなかったので、元気な沖田と衰弱の沖田が交互に組まれていることもあって、彼にとっては過酷な現場だったと思います。

 源さんは実年齢より老けさせ、舞台の名優たかお鷹さんに演じてもらいました。ウォルター・ブレナン老へのオマージュです。

 岡田さんは土方を演ずるために生まれて来た人です。土方関連の殺陣(たて)、喧嘩屋の剣技もすべてデザインしてもらいました。岡田さんが土方を演ずるにふさわしい年代になって初めて『燃えよ剣』の企画が始動した感があります。京へ上る前の、土方の「猫歩き」も、多少コミカルに、多摩の田舎者風に演じてくれています。

 

『燃えよ剣』で忘れていけないのは土方の想い人であるヒロイン、お雪の存在です。彼女は創作上の人物ですが、司馬先生が奥様とのなれそめのエピソードを重ね合わせたフシもあります。司馬先生の想い人と言っていい。男たちのドラマと拮抗するだけの強さを、柴咲コウさん演ずるお雪にもたせました。

 四条円山派の絵画を学ぶため、夫に従って江戸から京都へ来たという原作の設定を、夫の死後、残酷絵に走り、土方に会ってどう絵が変化し、時代の流れを引き寄せたのか、という視点で描いています。僕自身が画家の生涯として一番興味があるのが、ゴヤです。彼は戦場に行き、報道画家として殺戮の現場を描いている。お雪もそういう精神をもっていたんじゃないか。それが「土方さんを描きたい」となり、最後の最後、箱館まで会いにいく―。柴咲さんのインディペンデント・ウーマンの澟とした強さ、切々たるニュアンスのたたずまいは、世界で称賛されると確信しています。

単行本
燃えよ剣
司馬遼太郎

定価:1,650円(税込)発売日:2020年04月06日

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