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そびえ立つ歴史的遺産、司馬先生の『燃えよ剣』を映画化して

そびえ立つ歴史的遺産、司馬先生の『燃えよ剣』を映画化して

文:原田 眞人 (映画監督)

映画『燃えよ剣』10月15日(金)公開


ジャンル : #歴史・時代小説

『燃えよ剣』(司馬 遼太郎)

 土方を虜(とりこ)にするお雪の手料理にも凝りました。僕の行きつけの、京料理の名店「くりた」の大将に考案してもらったのです。島原遊廓での元旦の京料理も、「くりた」の料理が並んでいます。俳優たちに美味しいものを食べてもらって魂のこもった芝居をしてもらう、というのが原田組のモットーですから(笑)。

 ロケーションは京都を中心に滋賀、大阪、奈良、和歌山、兵庫、岡山まで広げていますが、難しかったのは「お雪のいる場所」です。土方との出会いの場となるお雪の家は、岡山県高梁(たかはし)市の吹屋ふるさと村で見つけることができました。ふたりが初めて結ばれる西昭庵は、司馬先生の思い入れ深い空間とあって、もっとハードルが高かったですね。古刹を使うにしても、ひんぱんに映画に出て来るところは避けたい、という気持ちもありました。選んだのは同じ高梁市にある頼久寺です。小堀遠州作の庭園が贅沢な背景になっています。

 土方の思想の原点はどこにあるのか。彼は「攘夷」ということは、一度も口にしていない。ではその改革的な思想は誰から学んだのか。土方の残した日記には、本田覚庵という人物がひんぱんに出て来る。土方に読み書きを教えたとされる医者です。彼は渡辺崋山ともつながりがある、開国派の人だった。土方が覚庵の塾で開国思想を学んだ可能性はあります。土方は兄たちの影響で俳句をたしなみ、句集を残しています。彼の俳句は二流だと言われていますが、「白牡丹 月夜月夜に 染めてほし」なんて、すごく好きです。

 映像的に意識したのは、祖父から教えてもらった幕末ではなく、「異邦人の眼差」による幕末です。ペリー提督とやってきた画家のハイネやワーグマン、フランス軍陸軍士官のブリュネなどが残したスケッチやベアトの写真を資料として参考にして、いくつかのショットに取り込んでいます。音楽にビゼーを使ったのは、黒澤明監督が『羅生門』にラヴェルの「ボレロ」をアレンジして使った精神。土方とビゼーは同世代人で、二人とも志なかばの三十代で没しています。

 ハーヴァード大学の日本史教室によると、日本史の三大変革期は一六〇〇年(関ヶ原の戦い)、一八六八年(明治維新)、一九四五年(終戦)となります。なるほどな、と思いました。僕が惹かれるのは、変革期の〈敗者の美学〉なんですね。時代順にいうと、石田三成、土方歳三、阿南惟幾(これちか)陸相です。『日本のいちばん長い日』(2015)に続いて『関ヶ原』を作り、最後はずっと温めていた『燃えよ剣』に取り組むことができたのは凄く幸運だと思います。三本まとめてハーヴァードで上映会をやりたいですね(笑)。

 司馬先生とは一度だけ電話で話をしたことがあるんです。監督デビュー作の『さらば映画の友よ』を撮ったあとでしたから、一九八〇年前後です。どうしても『尻啖え孫市』を映画化したくて、ご自宅に電話をかけた。そうしたら、いきなり本人が出てしまった。あせりながらも思いの丈を話し続けました。「元気のいい人だね」なんて言われたものの、やはり映画化の許可はいただけませんでした。『燃えよ剣』の巻末でこういう話をできるというのは、万感胸に迫るものがあります。

 次にもし司馬先生の作品で撮るとしたら、忍者ものをやりたいです。『最後の伊賀者』『下請忍者』とかの短編を合わせたもの。司馬先生は、「忍者」という仕事を今の時代に置き換えたら、自分がやっている「新聞記者」の仕事だ、と書かれていたことがある。階級社会の一員でありながら独立単体の行動派。社会派ドラマとしての、超リアルな忍者ものです。

 幕末ともまだ縁が切れていません。撮りたいものはたくさんありますね。一人ひとりが輝いていた時代、自分が一番好きな日本人がいる時代ですから。

「暗殺だけは、きらいだ」と短編集『幕末』のあとがきで司馬先生は記しています。それに続けて「と云い云い、ちょうど一年、数百枚にわたって書いてしまった。(中略)歴史はときに、血を欲した。/このましくないが、暗殺者も、その兇手に斃れた死骸も、ともにわれわれの歴史的遺産である」。

『燃えよ剣』の土方は喧嘩屋の流儀で暗殺を遂行し、修羅場のグレードをどんどんあげていく。彼は、まさにそびえ立つ歴史的遺産でした。


 映画『燃えよ剣』は10月15日(金)全国公開。主演の土方歳三を岡田准一、近藤勇を鈴木亮平、沖田総司を山田涼介、芹沢鴨を伊藤英明、土方の想い人であるお雪を柴咲コウが演じる。監督・脚本:原田眞人

©「燃えよ剣」製作委員会
単行本
燃えよ剣
司馬遼太郎

定価:1,650円(税込)発売日:2020年04月06日

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