- 2021.10.13
- 書評
無謀な戦いの象徴「インパール作戦」は、ほんとうに“愚戦”だったのか…「グレイテスト・バトル」の真実とは?
栗原俊雄が『インパールの戦い ほんとうに「愚戦」だったのか』(笠井亮平 著)を読む
今から80年前、大日本帝国は国力ではるかに勝るアメリカや、その同盟国イギリスなどと戦争を始めた。無謀な戦いの象徴の一つが「インパール作戦」(以下、「作戦」)だと評者は認識している。だから副題の「ほんとうに『愚戦』だったのか」が目に留まり本書を読み始めた。先入観を揺さぶられるのでは? との期待があった。
本書の読みどころは、まず「作戦」発動から中止までの1944年3月~7月だけでなく1941年12月の開戦直後までさかのぼって「作戦」を俯瞰したことだ。開戦後、英軍は香港やビルマ、シンガポールなどで日本軍に惨敗した。英軍はその後、ビルマ奪還のために準備を重ね、インパールでは満を持して迎え撃ったことが分かる。
では、日本側は「作戦」で何を狙ったのか。インパールを攻略すれば太平洋戦線で劣勢だった戦況が好転するのではないかという日本側の見込みに基づいていた。著者の言葉を借りれば「一発逆転」をもくろんだのだ。しかしインド北東部の一都市であるインパールを仮に攻略し、かつ占領し続けたところで、敗色濃厚な戦況が大きく変わるとは限らない。願望たっぷりの「戦略的見通し」は、大日本帝国為政者たちが抱いていた戦争の見通し、すなわち「同盟国のナチスドイツが英国を屈服させれば、米国が戦争継続意欲を失う。それで講和する」という「終戦構想」を想起させる。「作戦」はその愚かな「戦略」につながる「愚戦」であった。
本書のさらなる読みどころは、日英の情報戦に光を当てたことだ。たとえば日本側の「光機関」。インド独立の旗手、チャンドラ・ボースや彼が率いた自由インド仮政府との連絡役、情報収集や謀略、現地住民の懐柔などを手がけ、一定の成果があったことが分かる。
日本軍はインパール北方の要所であるコヒマを一時確保するなど、英軍を苦しめる場面もあった。しかし補給を軽視したつけは大きかった。さらに敵の戦力を過小評価し、劣勢が明らかになっても戦闘を続け被害を拡大させた。ずっと指摘されてきたことであり、著者も異論はなさそうだ。
著者によればイギリスはインパールの戦いを「東のスターリングラード」「グレイテスト・バトル」と評しているとのこと。英軍が苦戦し犠牲が大きかったことは、本書からも分かる。ただ英軍にとっては緒戦の敗戦が無残だっただけにインパールでの勝利の意義をことさらに強調する必要が戦略的にも政略的にもあり、「グレイテスト」云々の評価に落ち着いたのではないか。そうした資料批判の姿勢は必要だろう。
著者の専門は日印関係史、インド・パキスタンの政治など。英印関係の資料など先行研究ではさほど注目されなかったものを活用しているようだ。本書を契機とした、「作戦」研究の深化に期待したい。
かさいりょうへい/1976年、愛知県生まれ。岐阜女子大学南アジア研究センター特別研究員。各国日本大使館で外務省専門調査員を歴任。専門は日印関係史、南アジアの国際関係、インド・パキスタンの政治。著書に『インド独立の志士「朝子」』などがある。
くりはらとしお/1967年生まれ。毎日新聞専門記者(日本近現代史)。著書に『シベリア抑留 最後の帰還者』『戦後補償裁判』など。
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